長谷隊員からの報告
極地の怖さに限界を感じ、断念。
コンロに火をつけ、雪からお湯を沸かす作業から一日が始まります。
簡単に朝食を済ませた後、零下四十度で冷凍保存された衣服と凍ったブーツに足を通し、外へと飛び出します。
二時間に一度のペースで十分程度の休憩を挟みながらソリを引き、汗を凍らせないようにと歩き続ける一日の始まりです。寒さがキツイ日は、まつ毛までもが凍りだし、目を開けているのもきつい状態になってきます。
ソリ引きがきつくなって来ると、自らの意志で来たにも関わらず「どうして俺はこんなところでこんなことしているのだろう?」、「机の前でパソコンに向かっていた方がどれだけ楽だったろうか?」と自問自答しながら歩き続けておりました。
そんな時、時折出会う動植物達には大いに心癒されました。実際に出会えた動物は北極ギツネとレイブン(カラス)のみでしたが、ジャコウ牛、ライチョウ等の足跡にも幾度と無く出くわしました。その度に、この氷の国にも確実に生命が息づいていることを感じ、大いに励まされたものです。
出発してから17日後、コーンウォーリス島を抜け出し(北緯75:27:02 西経93:44:12)、ホッとしたのも束の間、今度はひどい乱氷帯に進路を阻まれることとなりました。この頃にはもう自らの足で進路を見出すことはできず、大場のソリ跡をひたすら追いかけて行くだけの状態になっておりました。
乱氷帯では恐ろしく大きな白熊の足跡にビクつき、深雪に足を取られては倒れ込んで体中を氷にぶつけ、乱氷に引っ掛かって横倒しになったソリや氷の間に挟まったソリをその度に持ち上げ、起き上がらせては前進すると言う作業を延々と繰り返して参りました。
行動を終え、テントへ入って、食事を済ませた後は濡れて凍った手袋や靴下を乾かし、寝るまでの時間を過ごしました。そして、汗と蒸気でバリバリに凍った寝袋を体温でゆっくりと溶かしながら床に着く生活を送って参りました。時にテントに忍び寄ってきた白熊の足音に飛び起こされたこともあります。こちらへ忍び足で何かが近づいてくるあの感覚、まさしく背筋が凍るとはこのことだと想いました。
ここから抜け出せば、おいしいご飯、あったかいお風呂、フカフカの布団が待っていることは分かっています。でも、なかなか抜け出せない。不思議なものです。
しかし、乱氷帯を抜け出る頃、私と大場のペースはもはや取り返しのつかない差が生じるようになっておりました。もはや体力の限界でした。一日の休養を挟んだものの、左足に強烈な痛みを感じ、びっこを引いて歩く状態となっておりました。残念ながら回復の見込みは無く、この旅を諦めるほかないと判断し、三月二十五日十八時五十四分にピックアップされ、レゾリュートへと戻ってまいりました。
レゾリュートへ戻ってくると、強烈な悔しさが込み上げて来ました。また、暖房の効いた温かいホテルの中から外を眺めていると、今すぐにでも歩き出せるのではないかという気がしてきます。しかし、実際に外へ出れば、後悔するのに十分とかからないことでしょう。
非常に残念ではありますが、今回の旅はここで終わらせることとしました。
平成20年3月28日 長谷徹志