イヌイットの人たちが身に着けている服装について教えてください。 宮田茂樹 & 小石 紗也香(小学6年 神奈川県)
2004年 5月11日


イヌイットの人々の服装についてもっと詳しく教えてください。

@イヌイットの民族衣装はどんなものがありますか?
A男性と女性で服装(民族衣装、洋服)の違いはありますか?
B季節(例えば夏と冬)によって身に着ける服装(民族衣装、洋服)は違いますか?














回答 1 宮下典子
2004年 5月23日


グリーンランドの民族衣装は伝統の皮のズボンやブーツと、 数百年前にヨーロッパから渡ってきたビーズでのカラフルな細工をした上着の組み合わせです。

西、東、最北と大きく三つのタイプに分けられます。 女性の上着は、西では目を見張るような細かく美しいビーズ細工、東は白い上着にビーズの飾り、 北はビーズはなく、きれいな絹のフードのないアノラック。各地とも狐等の毛皮のショートパンツ。 そして腿までの長いブーツ。ブーツはカミックと呼ばれ、西と東では細かい皮細工の模様が施され、 北では真っ白に漂白したアザラシの皮で、上部にシロクマの飾りが付きます。

男性は各地とも白いアノラック(綿)、白は礼服の色です。 西と東は普通の現代的な黒のズボン、北はシロクマの毛皮のズボン、そして各地の伝統のカミックをはきます。 日本の着物と同じく、民族衣装は祝い事や祭りのときに身につけます。












回答 2 スチュアート ヘンリ(放送大学)
2004年 5月29日


イヌイトの衣服

概要

イヌイトの衣服について簡潔にまとめることは困難です。 というのは、時代と地域に大きな違いがあるからです。

時代についていえば、欧米の影響がイヌイトの間に及ぶ前の時代、 すなわちおよそ100年前までは、毛皮服でした。 厳寒期の冬にカリブー(野生トナカイ)の上着とズボンを2枚重ねにして、 零下40度まで耐えることができました。 2枚重ねの下は、毛を内側(体側)に着て、上は毛を外側にしました。

夏は、下の1枚だけ、もしくは耐水性が高いアザラシ毛皮の服でした。 女性は下着のパンツをはいていたが、男性は下着を着けませんでした。 ホッキョクグマの毛皮ズボンも作られていましたが、暖かいかわりに重いので、 軽くて暖かいカリブー毛皮が極北地帯の広い範囲で好まれていました。

一見して、毛皮服がどれも同じように見えるが、よく見れば裁断の仕方、 デザイン、服に仕立てる毛皮の部位(動物の背中、胸部など)が異なっています。 その違いによって、集団ごとの「ファッション」が異なり、 どこの集団であるか一目瞭然です(でした)。 グリーンランドに関していえば、 西北部のイヌフイトと南東部のアンマサリクのファッションはかなり異なっていることがわかります。

デンマークがグリーンランドを植民地にした16世紀(それ以前にノース「バイキング」がグリーンランドの南西部で植民地を作ったが、 15世紀に一時とだえた)になると、ビーズなどを使った独特なファッションが流行り、 いまでも特別の場合、それを着ます。

イヌイトの生活が欧米化するようになるにつれ、服は変わりました。 あまり寒くない季節に上の毛皮の代わりに布生地で作った上着を着るようになりました。

現在はというと、洋服、つまりジーパン、シャツと既製品の上着が多い。 今でも、冬の猟に出かけるとき「伝統的」な毛皮服を着ることがあるが、 日常的に羽毛のパーカとオバーズボンを多くの人が使っています。

詳細

上半身:重ね着によってすぐれた防寒効果を生み出しているイヌイトの伝統的な衣服は主に動物の毛皮で作られていました。 上半身には、一年を通してアテイギ(atigi)を着用していたが、それは毛を内側にしていました。 一方、冬に着るクリッタク(qulittaq)は毛を外側に重ね着したアティギの上に着用されていました。 そうすることによって、着る人の体とアティギの間の空気層、アティギとクリッタクの間の空気層、 そしてクリッタクの毛の間にできる空気層の計3つの空気層によって、 マイナス40℃までの寒気に堪えることが可能でありました。 ちなみに、男性も女性も下着を着なかったようであり、女性のはいていた「パンティ」は下着、 あるいは肌着ではなく室内着でした。

上半身の着物は防寒性を高めるために前開きではなく、 頭からすっぽりと着込む「アノラック」型でした(「アノラック」はロシヤ語を経由して日本語に入ったイヌイト語からの借用語である)。

上半身の上着は裾が絞られていなく、フードをすっぽりかぶったり、 おろしたりしてという操作で気を調整することができました。 というのは、服を密封状態にすれば、汗をかいて体温がうばわれることから、 死につながる恐れが大きかったからである。 適切な換気によって上着の湿った空気を首の周りから出して汗ばむことを防いだ。 この原理は、私たちが現在使っているアノラックにそのまま応用されています。 ただし、南アラスカでは、気温は比較的暖かいためか、フードはなく、帽子をかぶっていました。 その場合、上着の首の紐で換気を調整していました。

ズボン:ズボンは比較的短く、膝の下ないし踝(くるぶし)の上までの長さでした。 カミック(kamiq)と呼ばれるブーツはズボンの上にわずかに重なる長さでした。 このようにして必要に応じて換気を調整して、快適な体温を保っていました。

ブーツ:ブーツは2、3重構造に作られていて、体温を逃さないようにデザインされていました。 イヌの毛皮、あるいは時には羽のついたままの鳥の皮で作られた「靴下」の上に、 脱毛をしたアザラシ皮のブーツを履いていました。 防寒のために、そして汗を吸収するためにブーツの底に干し草が敷かれていました。 この干し草を原則として毎日とり換えたのである。

ミトン:手には、やっと手首までくるミトンをはめていました。 ミトンはブーツの2〜3重の構造とは違い、原則として毛を中側にした一枚の毛皮で作られていました。 一般的にミトンは上着の袖に重ならなかったが、寒気を防ぐために、 上着の袖口とミトンに毛足の長い毛が出ていました。 厳寒期には、毛を外側にする二重重ねの場合もありました。 こうした構造は前にも書いた換気効果と、いざという時にミトンを素早くとって、 仕事ができるようにするためでした。 5本指のグロ〜ブは指の凍傷をまねくものであり、西洋人との接触があるまであまり使われなかった。

防水服:夏には海氷が外洋に流れ出ると、 男たちはカヤック(全面的に皮に覆われている一人乗りの舟。 人がその中に足を真っすぐのばして座るために甲板に体がやっと入る穴が一つ開いている)に乗ってアザラシ、 セイウチや水鳥を求めて海上狩猟に出る。その時に着る防水服はセイウチなどの腸を縫い合わせて作った、 半透明のもの、あるいは耐水性の高いアザラシ皮製でした。

材料

ここまでイヌイト服の基本的な形について述べてきたが、この基本概念には、性別による違い、 年齢(幼児、子供、成人、老人)の違い、用途(狩猟、祭、室内/室外用)による違いのために、 イヌイトの装いは変化に富んでいました。 その上、後述する地方の差を考慮にいれると、衣服は正に千変万化の観を呈していました。

服装に使われていた材料は主に動物の毛皮であったが、 その他にも鳥の羽や植物も用いられていました。 服装の目的別に、最適の材料が選ばれた。 乳幼児のためにカリブー(野生のトナカイ)の幼獣の毛皮や鳥の羽、 寒風にさらされるハンターにはホッキョクグマの毛皮のズボン、 防水が要求されるブーツにはアザラシ皮、 というように用途別に材料の性質が最大限に活かされていました。 カリブーの毛は先太りであるので、毛の間に閉じ込められる空気は高い防寒効果をもっていました。 しかも、毛そのものは多孔性であるので、軽くて暖かい。 アザラシの毛皮は水をはじいて、上着やブーツに用いられた。 ホッキョクグマの毛皮は重いが暖かく、地方によってハンターの服に使われた。

皮を鞣(なめ)す技術は知られていたが、皮を柔らかく鞣すと耐久性や防水性が落ちるので、 皮の裏側の脂肪などを削り落として尿水をつかって半鞣し状態にしてから、服に仕立てた。 水や汗を吸って堅くなるカミック(履き物)に関して、毎日の手入れは女性(妻か母)が歯で皮を噛んで柔らかくしていたので、 40歳以上の女性のほとんどは歯が歯肉近くまで減っていたことがよく民族誌に記録されています。

縫製:服を作るのは女性の仕事であったが、その技術には目を見張るものがした。 寸法を計らないではじめて会った人でも目測しただけで、 その人にぴったりする服を驚くほど短い時間で作ってしまう。 しかも「伝統」時代には、複雑なパターンを石器で截ち、骨の針と皮製の指貫と、 動物の腱の糸できれいに縫製された伝統の服は美術品そのものでした(現在は金属製品が使われている)。 皮に穴を開けない、特殊な縫い方によってブーツの縫目から水が浸透することはなかった。

服の象徴性

イヌイトの服装は寒さをしのぐ物質的な性質に勝るとも劣らない重要な社会的な意味がした。 つまり、現在の私たちの着る服と同じように、伝統イヌイト文化の服にも、 社会地位、役割、年齢、集団のアイデンティティなどを現わす記号的な性格を持っていました。 しかも、考古学調査、あるいは先史時代のミイラの発見によって、 この性格は先史時代にまでさかのぼって、かなり古い時代にも認められることが確かめられています。

例えば、イヌイトはもともと数10人〜100人ほどの小集団に分れていたが、 それぞれの集団は自立した自給自足の社会であり、 他の集団に対して独自のアイデンティティ(帰属意識)をもっていました。 そのアイデンティティを表現することには言葉の違い(発音、イントネーションなど)はあったが、 もっとも顕著なメルクマールは服装の違いでした。上着の後ろの「燕尾」の部分の長さや幅、 ズボンの裁断の仕方や格好、ブーツの長さなどが集団毎に微妙に違っていました。 北アラスカの民族史研究によれば、28の集団があり、 着ている服をみればどこの集団の成員であるかは一目瞭然だったそうです。

服装の象徴性

服装には、イヌイトの世界観を具象的に現わしている側面が知られています。例えば、 コッパー(Copper)イヌイトの男性用パーカがカリブーを象徴的に現わしていたのです。 パーカのフードの突起がカリブーの耳、後ろの「燕尾」の部分は尻尾を象徴的に現わしていたとされる。 ここでハンターとその獲物の精神的キズナが示されていました。

女性が上半身にまとうアマウティクは生殖者としての女性、 つまり母性を表現する象徴的な構造になっています。 女性は乳幼児をアマウティクに入れ背中におんぶしていたが、 赤ちゃんが大きくなるにつれ、アマウティクの脇にパネルを縫い足した。 これは大きくなった赤ちゃんにゆとりを与える機能的な意味の他に、 子宮が胎児の成長とともに大きくふくらむことを象徴的に現わしている意味もありました。

アマウティクの「前かけ」、つまりキニック(kiniq)は、 意味的にお産と関連する言葉に関係しています。 例えば、お産小屋のキネルセルビク(kinerservik)、 お産小屋に起居する妊婦のキネルセルトゥク(kinersertoq)、 あるいは幼児におしっこを促す時に使う「キニヨック」(kiniyoq)とか、 キンヴァ(kiniva)、キニイヨック(kiniyiyoq)と同じ語幹であり、 性器と深くかかわっている言葉なのです。 キニックはイヌイト文化圏全域にわたって普遍的に女性のアマウティクにあることから推察して、 アマウティクと、子宮・お産・幼児とは象徴的関連性が存在することは明らかであろう。

現在のイヌイト衣服

西洋からの影響が強くなると、極北圏の軍事・経済開発が急速に進められた結果、 イヌイトの生活が大幅に変化してきた。物質文化の面においてはその変化がことの外に著しく、 伝統的な毛皮服は厳冬期の猟のとき以外あまり見られなくなっています。 伝統時代の季節移動生活がなくなり、村に定住しているイヌイトは店で買う、 あるいは通信販売カタログから注文する既製服を身につけています。 それに、飛行機による交通網が完備されているので、都会での買物ができるようになった今日では、 ブランド製品やDGグッズがもはや日常生活の必需品とまでなっています。

しかし、一方では伝統的精神生活に根ざしているアマウティクのような服は依然として愛用されています。 この物質文化が激しく変化しても、伝統的な精神文化には根づよいものがあるという現象は、 日本の事情とよく似ています。

カリブー毛皮で作る衣服は保温性と通気性を兼ね合わせた、 優れた防寒服である。毛を内側にした下着の上に毛を外側にした上着を重ね着すると、 一日中暖をとらずにマイナス35度の中で活動ができる。 汗をかくと、汗が服に沁みこんで凍ると体を動かせなくなる心配があるので、 汗をかきそうになったときは、 フードをおろし、上着の裾から入った冷たい空気が暖められて首の周りから出る、 という換気原理によって体温を調整する。現在、毛皮服は厳冬期の狩猟のときに限って着用され、 普段には市販の防寒類が使われています。