土岐 帆隊員の日誌

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2008年3月20日

気象予報士 ウェイン・デヴィットソン

ウェイン・デヴィットソンが大場さんと知り合い冒険を手伝い始めてから、もう20年になる。彼はここレゾリュートの気象予報士だ。トロントに生まれ、モントリオールに住んでいたこともある彼は、北での暮らしと同じくらい都会生活も大好きだ。


机の傍らのウェイン・デヴィットソン

ウェザー・ステーションは空港の近くにあり、白いドーム型の屋根を頂いた銀壁の建物は、北極圏の冬の光の中で寒そうに輝いている。中にはコンピューターなどの設備一式がすっきりと収まり、一つの部屋には折り畳み式のベッドもあることからも、彼が相当な時間をここで過ごしていることがわかる。彼の子供たちはもう成長して自分の道を歩んでいるというので、仕事に時間を注いでいるようだ。


レゾリュート、ウェザー・ステーション

気象予報士としての決まった観察の他に、彼には自分自身のプロジェクトがある。それは大気温度を温度計ではなく、太陽の形によって計測する方法を組み立てようというものだ。カナダ中のウェザー・ステーションの気象予報士は、毎朝毎夕データ(地上から上空30,000メートルまでの大気温度、相対湿度、大気圧)を収集するためにウェザー・バルーンを打ち上げる。そのデータはコンピューターで集計され、天気予報の基礎情報になっている。

ある日、デヴィットソンは一つのアイデアを思いついた。それは、気温変化によって太陽反射光の形が変わることから、その太陽反射光を観察することによって、その上空の大気温度を測ることが出来るのではないかというものだった。自ら作ったデジタル望遠カメラのセットを使って太陽を撮影し、それをコンピューターにダウンロードし、フォトショップを使って太陽反射光の水平、垂直の伸びを計測する。その数値を彼が考え出した方程式で計算すると、上空の大気温度(地表から成層圏の間の平均気温)がわかるという仕組みだ。何年にも渡る研究の末、完成はもう間近にせまっている。ここ数年、この計算方法での間違いは一度もない。


ウェザー・バルーンの打ち上げ

デヴィットソンはいつも忙しく動いている。バルーンを打ち上げに行き、戻ってコンピューターにデータを取り込み、外で太陽の写真を撮り、また戻ってきては別のコンピューターを使ってというふうに。彼はもう10年にも渡り、一切の手助けや資金援助もなしに、たった一人でこのプロジェクトに取り組んでいる。そして素晴らしい成果に到達しようとしている。もっと人手や経済援助があったらずいぶん楽だっただろうし、研究も早く進んでいたとは思うと言いながら、彼はこうつけ加えた。「科学は大金をかけなければできないというわけではない。必要なのは、地道で勤勉な仕事だよ」。そして、この方法が完成した暁には、ニコンやキャノンにビジネスの話を持ちかけるのだと楽しそうに言った。「この方法ならば、ウェザー・ステーションは、カメラを使った記録方式で、毎日の観測をずっと簡単に、経費をかけずに行うことが出来るようになる。そして国中にもっとたくさんの小さな観測所をおくことができるようになる。そして、天気観測はさらにずっと正確なものになる」。彼の瞳は少年のように輝いた。


手作りの望遠鏡デジタルカメラ装置とウェイン・デヴィットソン

今夜のレゾリュートは寒さに凍え、−40度近くに冷え込んでいる。デヴィットソンはすばやく天気図を読んで言った、「地球上で一番寒いのは、まさしくここだよ!」。ヌナブト準州には今年寒い冬が訪れているし、カナダ北東部は記録的な大雪となっている。「でもだまされちゃいけないよ」とデヴィットソンは人差し指を挙げて言った。「地上での気温は寒くても、本当に何が起こっているかを知るためには大気温度を計らなければいけない。その数値を見れば、とても暖かかった去年の冬と今年の冬が、少しも変わらないことがわかる。地球温暖化は現在進行中だよ」。彼はまた今年の夏には、北極の永年氷の50パーセントが消えるだろうと予測した。

「人が北を選ぶのではなく、北が人を選ぶのだ」といわれる。ここには多くの人々がやってくるが、すべての人がとどまるわけではない。それは寒さや冬の暗さとうまくつきあえるかということよりも、むしろ自分の心に堆積する氷雪を溶かすだけの情熱を持っているかどうかに、かかってくるのかもしれない。
もし、心の中の氷を溶かすのならば、それは益ばかりで何の害もない。

土岐 帆

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