宮下典子隊員の日誌

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2008年3月4日

冒険のためのすべての装備が届いてから、大場さんと長谷さんは待ちに待っていたという感じで、一つ一つの道具を確認しながらガレージで進めている。まるで新しいおもちゃをもらったばかりの少年のように、夢中で、真剣な様子だ。


夕暮れ時は、ため息がでるくらいきれいで、そのため息が凍るほど寒い。

パイロット校との交信も始まった。カナダには3つの時間帯があるし、日本、ドバイ、コスタリカ、ミュンヘンと世界のあちこちの学校と交信するスケジュールを組んでいると、時差の計算でくらくらするほどで、真夜中の日本に間違えて電話をしてしまったりもした。
国際電話をかけて、電話の向こうの教室から元気な声が届いてくると、いつもじわっと心があたたかくなる。インターネットや交通手段が発達して、遠くの国の人と通信することは難しいことでも珍しいことでもなくなったけれど、私はいつになっても、海をこえて届いてくる声を聞くと、感激する気持ちをおさえられない。

出発の日が近づいてくるにしたがって、いよいよ始まるという気持ちと、本当に大丈夫なのかという不安な気持ちが同時に強まってくる。とりわけ昨夜はブリザードの音でなかなか眠れないほどで、窓から夜の闇をのぞくと粉雪が狂ったように吹きすさんでいた。そのときは、二人を止めるならまだ間に合う、朝になったら説得しようと、真剣に思った。


丘の上から見たレゾリュートベイの村。強い風が雪を舞い上がらせている。

シロクマについてのエピソードも、その防御の方法も、いろんな人から毎日毎日聞かされている。ホテルのドアを開けたら、いきなりそこにシロクマいて死ぬほどほど驚いたらしいとか、ホテルの窓をガリガリこすっていたとか。ここに長くいる人ならたいてい、たたけばほこりは出るように、シロクマのエピソードの一つや二つを話してくれる。ここは、まさしくシロクマの生きている土地なのだ。
さて、ここで今までに聞いた情報を整理してみることにする。

  • シロクマは左利き
  • シロクマは色盲(またはモノクロの視界)
  • シロクマは自分より大きなものを恐れる。長い棒を持っていれば、大きな生き物だと思って逃げる
  • シロクマは大きな音に弱い
  • シロクマの息はくさい(アザラシなど魚をたべるから?)
  • シロクマは動いているものはすべて食べ物だと思う。
  • シロクマは相当、鼻が利く。
  • シロクマは泳ぎが得意。
  • シロクマを遠くに見つけたら、風下に逃げろ。
  • 目を合わせてはいけない。
  • 絶対に走ってはいけない。
  • 母クマと子クマの間に入ってはいけない。母は子を守ろうとして襲ってくる。

などなど。
カナダの南からレゾリュートに働きに来ているような人にとっては、シロクマは危害を加えられる恐れのある肉食動物であり、近くで出会うことは、できれば遠慮したい対象のようだ。


Nawhal Inn (ホテル)の横の倉庫で。除雪車と機械工のカールおじさん。カールさんは「赤毛のアン」で有名なプリンス・エドワード島から働きに来ている。

それに対して、もし仕留めることができたら、その毛皮から肉、つめまでもすべて余すところなく使って自分たちの命を養ってきたイヌイットのnanuqとの関わり方は、どのようなものだろう。同じ土地に暮らし、命がけで対峙してきた生き物と生き物の物語は、祖先から伝えられてきた語りの中でも、いきいきと想像力豊かに描かれているらしい。

nanuq(ナヌク)。イヌイットは、そうシロクマを呼ぶ。

宮下 典子

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