宮下典子隊員の日誌

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2008年3月12日

ハンティング

グリスフィヨルドに来て、初めて海氷の上に出た。氷の厚さは1.5メートル。ここから対岸のデボン島までは一面の海が凍っている。学校の図書館で知り合ったノーマンが、ポンド・インレットに引っ越す前に、9歳になる息子のカイルをつれて最後のハンティングに行くけど、一緒に行くかと誘ってくれたのだ。スキドー(スノーモービル)で、幌のついた木製のそりを引いて、15キロほど先の岬の古い村のあった場所まで出かけた。肉じゅばんを着込んだようにまるまると着込んでも、マイナス34度の気温に風の冷たさが加わると、さらにマイナス20度も寒く感じるから、それだけ着ぶくれしても、まるでちょうどいいようになってしまう。


幌のついた橇を、スノーモービルで引いていく

村には犬ぞりのチームを持っているハンターも何人かいる。シロクマ狩りには、犬ぞりで行かなくてはならないという法律がある上に、壊れる危険のある機械と違って、犬たちは、いざという時に頼りになり、安全を守ってくれることもあるからだ。ノーマンも以前は犬ぞりを持っていたけれど、昼間にはウォータータンクのトラックで村中に水を供給する仕事をしながらでは大変になったので、今はスキドーに切り替えたそうだ。


古い村があった場所。

ノーマンのいとこで18歳になるバニーサも一緒に出かけた。茶色くしっかりした毛のビーバーのミトンと、ステキな紫色のパーカーは自分の手作りだという彼女は、雷鳥(Ptarmigan)も、カリブーも、仕留めた経験があるという若き女性ハンター。グリスフィヨルドの女性なら誰でもハンティングをするというわけではない。例えばポーリーヌは、幼いときに父親に連れられていったハンティングで、氷の穴からひょっこり顔を出したアザラシと目があってしまい、その瞳があまりにかわいらしかったので、もうそれ以来ハンティングはできなくなってしまったという(食べることはまた別の話とのこと)。


狙いを定めるバニーサ

縫い物が得意な人、狩ができる人、子守をする人というように、それぞれが仕事を分担し、助け合い分かち合っていくことが、イヌイットの暮らしではとても大切なことだという。それは食べ物など最低限生活に必要なことだけではなくて、例えば物語の得意な人は、それも貴重な才能として認められていて、財産にもなっていたそうだ。


ライチョウが飛び立っていった。

雷鳥を追いながら雪を深くかぶった岩場を歩いていると、ジャコウウシの新鮮な足跡を見つけた。さらに行くと、まだ銃が伝わる以前のシロクマの罠や、北極キツネ用の罠もあった。雷鳥の群れにゆっくりゆっくり近づいては何度か狙い、銃声が響いて飛び立つ鳥たちを見送りながら、今日は獲物のないまま村に帰るのかと、ちょっと頼りない気持ちになった頃に、バニーサがウサギを仕留めた。真っ白の、ふさふさの毛をした北極ウサギは、今まで見たどんなウサギよりも大きく、持ち上げたらずっしりと重かった。


北極ウサギをつかまえました。

今日の私たちは、たとえ一つも獲物がとれなくても、村に戻れば冷蔵庫にたくさんの食べ物があるけれど、すべてのものを大地と海から収穫するものでまかなっていた頃のハンターの気持ちは、いったいどんなふうだったのだろう。待っている家族に、仕留めた獲物を持って帰る誇らしい道のり。何もとれなかった時の、寂しいそりの軽さ。どちらにしても、疲れて帰るハンターたちを、村人たちは、どんなふうに迎えたのだろう。


古いシロクマ罠。銃が伝わる前の時代に使われていた。岩を積んだドームの中にえさをおいておき、シロクマをおびき寄せるしかけ。

分かち合う、ということをとても大切にしている人々だから、あるいは何にもいわずに、全部わかっているからというほほ笑みだけで、大変な仕事をやってきた家族を出迎えたのかもしれない(お疲れ様という言葉は、英語にも、イヌクティトゥットにもない)。 喜びは人に伝えれば2倍になり、悲しみは半分になるという言葉を、なんとなく思い出していた。

宮下 典子

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