宮下典子隊員の日誌

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2008年3月14日

セリーナの勇気

彼女の顔の深い傷には、初めて学校の廊下で出会ったときから気づいていた。ミーカ先生から授業の中で「自分の絵本をつくる」という課題を与えられたとき、セリーナは、自分の顔の傷の原因となった出来事を、その題材に選んだ。

セリーナの絵本を開くとまず、にっこり笑顔でほほ笑む顔に出会う。そしてページをめくると、どうして彼女の顔には傷跡があるのか、どうしてそうなったのかが書いてある。3歳のときに犬にかまれた経験を通して、犬との接し方を自分の言葉で綴っている。犬たちにふれるときには気をつけなければいけないこと、石などを投げて子犬をいじめると性格が悪くなるからやってはいけないということ、キツネから伝染する狂犬病の犬には、特に気をつける必要があることなどが、色鉛筆で丁寧にぬられた絵とともにイヌクティトゥトで書かれていた。ミーカ先生は、絵本が完成したあとに、一人一人に自分の書いた内容を、幼稚園クラスの小さい子たちの前で発表させたそうだ。そうやって年下の子達の前に立ち、教えることによって、もう一度自分の伝えたいことを確かめ、いっそう深めることができたのだ。

夕方散歩をしているとき、ふと向こうから一人で歩いてくる女の子がいると思ったら、セリーヌだった。「私の犬を見る?」という彼女の言葉にちょっと驚きながらついていくと、絵本の中に描かれていた子犬とそっくりな、こげ茶色の犬がいた。「犬がこわくはないの?」と聞くと、「しばらくはこわかったけど、もう大丈夫」。そういって、近くで遊んでいたジェニファーと一緒に鎖をとき、散歩用のひもをつけた。

まだ5年生のセリーヌは、父親と姉兄たちと暮らしている。母親の顔は覚えていないという。将来の夢をたずねたら、「ポケットいっぱいにコインをためて、お母さんに会いに行きたい」と言ったセリーナ。まだ始まったばかりの彼女の人生の濃度に胸をつかれながら、リッキー(たしかそんな名前の犬だった)をつれて、二人でおしゃべりをしながら、グリスフィヨルドの村を一周した。

たくさんのものを見るとか、いろんなところに行くとか、そういうことはもちろん素敵で楽しいことだけれど、まずはセリーナのようにしっかりと、自分を生きる強さを持ちたいと思った。自分の伝えたいことを知り、今の自分の本当の願いを知っている彼女は、とてもかっこよかった。

散歩から戻る頃、夕食時の家々からはもう、おいしい匂いがただよい始めていた。

宮下 典子

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