トレーニング
私の朝一発目の仕事は、CO-OPまでライフルの銃弾を買いに行くことだった。
遠征隊のクマ対策で使うライフル用である。しかし、遠征隊は万が一熊と遭遇しても、
直接シロクマに銃口を向けることはない。上空へ向けるか、足元へ向けて威嚇射撃を行う。
それでも突進してきて、隊員が命の危機を感じた時のみ「ごめんなさい」である。
16日にレゾリュート・ベイに入ってから6日目の今日、初めて風が吹いた。
しかし、それは単なる風以上の吹雪だった。遠征隊の3人(大場・ステパン・ホヴァート)は、
ソリを引きながらスキー・セール(風を受けて引っ張ってくれるパラシュートのようなもの)のテストを行なった。
大場さんは、南極横断と昨年のグリーンランド縦断でスキー・セールを使用したためベテランである。
またステパンとホヴァートも昨年末に、ノルウェーで約2週間のトレーニングをしてきたので問題なく操れるようだ。
今の時期、太陽はまだ高くまで昇ることなく、水平線(真っ白な世界なので、どこまでが陸で、
どこからが海なのか分からないが、方向からいうと海である)に沿うようにわずかに上がって移動する。
その薄暗い中、テストを行なった。私も、一緒に行動した。
遠征隊がいかに厳しい自然の中に身を置くのかを、身をもって体験したかったからである。
そうすることによって、不測事態や緊急時のイメージが湧きやすくなるのだ。
いわば、ベースマネージャーの私にとってもトレーニングである。
吹雪の日の気温は大きく下がらないらしく、今日で−25℃程度だ。
しかし、風が強い分体感温度はとても低く感じる。
ダウンジャケットのフードを被ってゴーグルで目を守るが、頬だけが風を受けてしまった。
わずか2時間程度吹雪の中にいただけなのに、風にさらされていた左側の頬は軽い凍傷になった。
確かに長い時間ではなかったが、風にあたっている間の感覚は、寒い・冷たいというよりも痛いといった方が的確かもしれない。
遠征隊が28日にスタートするワード・ハント島は、ここから更に北にある。遠征中は、
たった1本の木もなく、身を隠すところさえない。唯一安心できるのは、夕方に張るテントの中だけである。
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ホヴァート(28歳・ノルウェー)
雪がまつ毛に、吐息が氷になってヒゲについている。
彼は裁縫が好きで、衣類や装具を手直しして遠征に備えている。
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小林丈一
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