フィヨルドの氷
フィヨルドの氷を水の中に入れると、ピチッツピシィとはじけるような音がする。
水の中に入れたときは、水と氷の温度差で氷が溶けるが、しばらくたつと音が静まる。
これでウィスキーを飲むと、最高だよ、とみなが口をそろえて言う。
(残念ながら、まだ試していません)
そのまま、冷蔵庫に入れると、朝も氷は凍ったまま水に浮いている。
分子がギュッと凝縮しているので、解けにくいのだそうだ。
出かけたとき、アイスボックスにたくさん氷の固まりを取ってきて、
キリッと冷たいフィヨルドの水を飲めるのはグリーンランドならではの楽しみだ。
フィヨルドの氷入りの水。
ヴィラソック 泉の恵み
夜のドライブ、というのがナルサスアックの家族の一つの楽しみでもあるようだ。
2回、2家族のドライブに同乗させてもらう機会があったが、ナルサスアック中を走り回ったあと、
両家族ともに最後にはPuilasoq(ヴィラソック)に行った。
一緒にドライブをした、Tom-Erik (トムエリック)、Malik(マリック)、 Louise(ルイーゼ)。
ルイーゼは21歳の若いお母さん。
トムエリックとは、結婚はしていないが一緒に暮らしている
グリーンランドの、特に若い世代では特別なことではないようだ
ヴィラソックとは、丘の中腹にある、地下水のわき出す泉のことだった。
石がごろごろ転がっている浅い水底から透明な水がこんこんとわき出している。
ペットボトルやタンクをもって、みなドライブがてら、散歩がてら水を汲みにやってくる。
水の中をのぞくと、澄んでいて底の石まではっきり見える。
水をすくって、飲んでみた。
すっとのどを通っていく、おいしい、やわらかい水だった。
このわき水は、マイナス20℃の冬でも変わらずにわき出し、ナルサスアックの人たちののどを潤してくれるそうだ。
ヴィラソックで、水を汲む。
クィヴィトック伝説
Jacky(ジャッキー)とBirgitte(ビルギッテ)が外泊するので、ユースホステルに私一人だけ、という夜があった。
Aima(アイマ)が、お化けこわくないの?と心配そうな顔をした。
Aimaはお化けがこわいの?グリーンランドにはいるの?
と逆に聞き返したら、クィヴィトックの話をしてくれた。
クィヴィトックは、高い山の上におり、風のように速く走り、動物たちや精霊と会話することもできる。
髪とひげが長く伸び、動物の皮で作った衣服を着ている。クィヴィトックは、かつては人間の男だったが、
あるとき自分の属していた村から飛び出し、山に入り、特別の力を持つようになった、という。
Berthaによると、男が村を飛び出した理由は、愛した娘がほかの男と結婚してしまった、
嘆き、悲しみの果てにだったという。
ナルサスアックの山並み、クィヴィトックがいるのだろうか。
クィヴィトックについて、もっと詳しく知りたいといったら、Birgitteが、
一本のグリーンランド映画を教えてくれた。
Qaamarngup uummataa
和訳するならば「心の光」という題名の映画で、簡単なあらすじは、一人のすべてに絶望した男が、
山でクィヴィトックに出会うことで何かをつかみ、また社会に復帰する、というものだという。
Birgitteが貸してくれたスクリプト(脚本)は、グリーンランド語とデンマーク語のみで、
読むことができないが、写真は厳粛(げんしゅく)な迫力にあふれていて、
言葉はわからなくても是非見てみたいと思った。
ヌークに行けば、DVDを買うことができるらしい。
映画のスクリプト(脚本)。
写真の男が、映像化されたクィヴィトック。
クィヴィトックはお化けというよりは、日本における天狗、鬼の系譜(けいふ)に連なる存在のように感じる。
3ヶ月の旅に出る際に持参する本の選択は簡単ではなかったが、悩んだ末選ばれた3冊のうち1冊が、
たまたま馬場あき子の「鬼の研究」(ちくま文庫)だった。あちこちに赤線が引かれ、かなりくたびれ、
もう10年近く手元にある本だ。
日本の生活文化と自然現象、そのなかに生まれた鬼への畏怖(いふ)を、
様々な伝承(でんしょう)や古典を扱いながら、
丹念に追求している。特に著者が心を寄せているのが、「人鬼」系の鬼で、
それぞれの人生経験の後にみずから鬼となったものたちについてだ。人間から鬼に変わるきっかけは、
怨み(うらみ)、怒り、雪辱(せつじょく)など様々だが、
なんらかの強い情念をエネルギーとして鬼となることを選んだことは共通しているという。
口承(こうしょう)で残っている物語、伝説、歌の中は、イヌイットの人々の日常生活、世界観、自然観、
狩猟(しゅりょう)する動物たちとの関係について、豊かに伝えてくれるようだ。また、同時にそれは、
例えば西洋におけるイソップ童話のように、生活の中の規範(きはん)や教訓を伝える機能を合わせ持っているらしい。
南グリーンランド、西グリーンランド、東グリーンランド、北グリーンランド、
今回は各地を渡り歩くなかで、さまざまま伝承(でんしょう)を聞いてみたいと思う。
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