ノース・フェイス 第二のナショナル・コスチューム
人の少ないナルサスアックやカコトックでは気づかなかったけれど、ヌークに来て驚いたたのが、
「ノース・フェイス(NORTH FACE)」人口の多さだ。本当に、大げさではなく、道行く人道行く人が、老いも若きも、
「NORTH FACE」のロゴの付いた服を着ている。
前日夕食のあと、私のオレンジ色のノース・フェイスのジャケットを見たマリアンヌは、「あなたもグリーンランダーね!」と言った。
グリーンランドの気候とライフスタイルに、ノース・フェイスの製品はぴったりと合っているらしく、
人口に対する売り上げ率は世界一だと聞いた。伝統の民族衣装を持っていない人はいても、
ノース・フェイスの服を持っていない人はいないと言っても過言ではないという。
いまやグリーンランドのナショナル・コスチュームはノース・フェイスだと言う人もいるそうだ。
町で出会った子供たち。ピンクのジャケットはノース・フェイス。 日差しが強いので、子供にとってもサングラスは必需品。
犬のお散歩。Katuaq(文化ホール)の前にて。
ヌークのダウンタウン。
ヌークの大通り。
KNR−TV テレビ出演!
ホーム・ルール(自治政府)のイヴァロに地球縦回りの話をしていると、
「日本でグリーンランドがこんなふうに紹介されていると知ったら、絶対テレビ局が興味を持つに違いないわ!」といって、
すぐさまグリーンランドの国営放送KNR−TVに電話を入れた。すると10分もしないうちに、
私の携帯電話に取材申し込みの連絡が入った。では、1時間後にKatuaq(カテュアク:文化ホールの名前)で会いましょう、
ということになり、あれよあれよという間にテレビカメラの前でのインタビューとなった。
インタビューに来たテレビ局の女の子たち。 Paneeraq(パナーガッカ)とSimigaq(シミガッ) やはりノース・フェイス。
この旅の目的は何か?
グリーンランドで驚いたことは?
グリーンランドで困ったことは?
資金はどうしているのか?
何を伝えたいか?
といったインタビューをKatuaq(カテュアク)のすぐ外で受けたあと、テレビ局へ移動し、
コンピューターで地球縦回りのホームページを紹介したり、日本で取り上げられた新聞を広げたところを撮影した。
縦回りの記事以外の、3面記事やスポーツニュース記事、グラビア記事を、「すごく、不思議で興味深い」といってカメラで追っていた。
KNR-TVで月曜から金曜の19:30に『Qanorooq(カノルーク)』というニュース番組があり、
それで取り上げられるということだった。リーシィにこのことを話したら、『Qanorooq(カノルーク)』は、
数少ないグリーンランド語の放送で(大半の番組はデンマークから買っているらしい)、
グリーンランドの時事ニュースを伝えてくれる番組だから、北から南まで、
グリーンランド中の人が見てるのよ!すごいPRになるわよ!」とのことだった。
Katuaq(文化ホール)のカフェ。 天井が高く気持ちいい空間。
国営放送 KNR-TV。
H.S.ペデルセン先生
ヌーク滞在中に、是非お話をうかがいたいと思っていたのが、H.S.ペデルセン先生だった。ペデルセン先生は、ヌークの病院に勤務する医師で、
7年ほど前『地球のおと』という雑誌に掲載された明石昇二郎さんの環境ホルモンを焦点にしたルポ・タージュの中でインタビューを受けていた、
海外の専門家の一人だった。
H.S.Pedersen(ペデルセン)先生。
南からの汚染化学物質(PCB、DDT)が、食物連鎖の頂点に立つシロクマに影響を与えていて、
4、5年前にスヴァルバル諸島と、グリーンランド東海岸のイトコトミで、
雌雄両生殖器(しゆうりょうせいしょくき)をもつシロクマが発見されたというショッキングなニュースが流れた。
いったい、今現在の汚染の状況はどうなっているのか、グリーンランドの食文化に何が起こっているのか、
それを聞くのに、ペデルセン先生ほどの適任者はいなかった。
7年前の雑誌の写真より、少し老けた感じのペデルセン先生の話を聞き進むにつれ、この問題の複雑さがわかってきた。
グリーンランドの食文化と自然環境との並々ならぬ関わり、アメリカ・ヨーロッパ諸国との食文化、価値観の違い、
グローバル化による急速な伝統食文化の崩壊。様々なことが絡まりあっていて、ひとすじ縄ではいかない問題だった。
食物連鎖の頂点に立つのは、シロクマだけではない。人間は、シロクマの横に並ぶ。
グリーンランドにおいて、汚染物質の影響が深刻な理由は、イヌイットの食文化にある。イヌイットは、アザラシ、
クジラという海洋哺乳類(かいようほにゅうるい)を主食としてきた。クジラ・アザラシは食物連鎖のピラミッドで、
魚介類の上に位置する。もしイヌイットが沿岸でとれる魚だけを食べていたとすれば、汚染におびえる必要はまずない。
グリーンランド近海は、世界でも有数の美しい汚染の少ない海だからだ。
取れたての新鮮な魚たち
ALAALIARAQ(カラーリヤーガ) 地元の魚介類、アザラシ、クジラ、レイン・ディアーなどの肉を扱う生鮮市場。
しかし、イヌイットの食文化は、この寒冷な気候に、栄養的にも、見事に適合する食物として、
クジラ、アザラシ等の野生動物を獲って食べてきた。また、農業、牧畜の不可能な気候風土に生きる彼らにとって、
それ以外の選択肢はなかったのだ。クジラ、アザラシを食べない民族にとって、まだ海の汚染がそれほどの恐怖でなくても、
グリーンランドのイヌイット文化にとってはまさに、種の保存を左右する、死活問題なのだ。
この汚染化学物質は、海からやってくる。西海岸は、アメリカ、カナダから、東海岸はロシアから流れてくる汚染物質が、
グリーンランド人の日常の食卓に上るクジラやアザラシの肉を汚染している。
この食物汚染の特徴は、食べた本人へ「直接」の健康障害が起こらないことだ。影響は、生殖系(せいしょくけい)にあらわれる。
男性の精子の数の減少、女性の場合は身体にたまった汚染物質(脂肪に蓄えられるという)が、妊娠時に胎児に影響を与える。
しかし、生まれたときに何らかの障害(例えば雌雄両生殖器を持つシロクマのような)があるわけではない。
その胎児が将来成長し、また子供を持つ年齢になったときに、子供が作りにくい身体になっているということなのだ。
また、乳ガンになる確率も高くなるそうだ。
今現在は、まだまだ問題がほとんど形になっていないから、危機感を感じにくい。しかし、20年、
30年後に多くのイヌイットが不妊に悩むようになれば、それは一つの民族の存続を左右する大問題だ。
かといって、今、クジラ、アザラシ、シロクマを食べることをやめれば、それは一つの民族文化の消滅をも意味する。
汚染の心配さえなければ、イヌイットの伝統食は、海の魚や哺乳類の豊富なビタミンや良質な脂肪を摂取できる、
栄養バランスのとれた健康的食事だった。それが、バターや砂糖、家畜の肉などの西欧型の食事も流入してきていることによって、
食生活のバランスが崩れ、糖尿病や、心疾患(しんしっかん)が、急激に増加しはじめているそうだ。
問題の解決を次の世代に先送りしてはいけない。一刻も早く、今からできる予防措置(よぼうそち)をはじめる必要があるということで、
ペデルセン先生は、将来妊娠・出産の可能性のある若い世代に向けて、伝統食の食べ方のガイドラインを作ったそうだ。
例えばアザラシ、クジラを食べるなら汚染度の少ない若いものを食べるようにする、クジラを食べるなら週一回程度、というように。
そして、もう子供を作る予定のない年齢になったら、シロクマでも老いたアザラシでも、どうぞ好きなだけ食べて下さい、とのことだった。
ペデルセン先生は、National Institute of Natural Resourcesという国立の研究機関にも籍をおいている。
National Institute(ナショナル・インスティテュート)はクジラ、エビ、カニ、魚類、トナカイ、じゃこう牛、鳥類など、
グリーンランド周辺の動物を研究し、国際的なネットワークと協力しながら、保護政策、狩猟政策の双方にアドバイスをしている。
ここで話を聞くのも、役に立つだろうと、電話をしてアポイントを取ってくれた。
地球温暖化も、化学物質の汚染も、グリーンランドの狩猟文化、ほぼ唯一の産業である漁業だけでなく、
健康面にまで、ぬきさしならぬ影響を与えている。
グリーンランド内には、温暖化、化学物質汚染の原因となる大規模産業はない。農業もほとんどないので、
PCB、DDTという激薬を農薬としてつかったこともない。
約56,000人の人々が、これからも、グリーンランドの自然と協調しながら生きていくためには、
他国、他文化からの理解と協力が、必要不可欠なことだ。
海をおよぐアザラシ、クジラや渡り鳥に国籍はないし、海の水をせき止め、
ここからここはグリーンランドの海だから汚染された物質を入れないで下さい、ということは不可能だ。
環境問題に、国境などない。例えボーダーを引きたくても、引くことは、不可能なのだ。
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