2004年5月20日

休日の過ごし方

20日木曜日は、キリスト教の祝日だった。気持ちよい天気で、 こんな日に外に出ないのはもったいないので、ビアテと、 ウマナックで医師として働くフランス人(ノルマンディー出身)のアンニと一緒に、 ウマナックのハート形の山の裾野(すその)へトレッキングに出かけた。


岩山の間にある湖。
冬には氷って、上を歩いて近道をすることができるが、夏が近い今はもう無理。

アンニは3日前に岩場を歩いていたときに足をくじいたばかりなので、 怪我した足をかばいつつ歩いた。 「怪我しているのに、こんな崖を歩いても大丈夫なの?」と聞くと、 「リハビリには歩いた方がいいし、 普段使わない筋肉を使うから、かえって良いのよ」ということだった。


ハート形の山の裾野を歩く、約3時間のトレッキング。

ところどころ雪が残っている岩場を、歩きやすい道を探しながら進んだ。 アンニが、足下に咲く小さな花を見つけた。ピンク色の小さな花が、ひっそりと咲いていた。 ビアテも、今年はじめて見る花だという。名前は、Kakillallit(カキッラッヒ)という。 グリーンランドの国花はNiviarsiaq(ニビヤシアック)というやはりピンク色をしたかわいらしい花だが、 ニビヤシアックの方が、少し背丈が高いそうだ。


今年最初の花、Kakillallit(カキッラッヒ)。


フランス人医師アンニの悩み

眺めのいい岩の上で、コーヒー・ブレイクとなった。 アンニは最近仕事が忙しく、精神的に疲れていたので、トレッキングはいい気分転換になったようだ。 グリーンランドに来て、3人の医師に出会ったが、3人とも外国人だった。 ペデルセン先生はデンマーク、モハメッドはスーダン、アンニはフランス出身だ。 私が出会った3人は、グリーンランド語を話すが、特に短期間の滞在の医師には、 話さない人の方が多いそうだ。その場合は、 当然患者との間のコミュニケーションにおいて支障をきたす(特に村ではデンマーク語を話さないグリーンランド人も多い)。 通訳する看護婦がそばにいるそうだが、看護婦も激務(げきむ)の中でさらに仕事が増えるということで、 難しい問題は多々あるそうだ。しかし、グリーンランド人の医師が不足している現状では、 それでも外国からの応援に頼るしかないのだ。


歩きやすい道を探して、先頭に立って歩くのはビアテ。

ウマナック地方には7つの村があるが、例えばニャーコンネには病院はない。 「ナース・ステーション」があり、そこに資格は持っていない「看護婦のような人」がいるだけだった(いるといっても、いつもそこにいるわけではなく、必要なときだけ呼ばれる)。 急病人や怪我人は、ヘリコプターでウマナックの病院に運ばれることになる。 このフライト費用は、医療費としてカバーされるので、患者は支払う必要はない(医療費はすべて無料)。 ウマナックにも、ヌークにも、各町に病院は一つずつしかない(医師は3、4人)。 そこにいる医師の腕、患者への真摯さによって、その町の医療状況は大分左右されるようだ。 ウマナックでは出来ない類(たぐい)の手術、治療が必要な患者は、医師の判断でヌークの病院に移送される。 さらに、ヌークでも治療が難しい場合はデンマークまで運ばれる。


ビアテの犬ぞりチームの一匹。トレッキングのお供をかってでた。

高度医療先進国から来る医師は、グリーンランドの医療設備に不満をもらすこともあるという。 グリーンランドと似た気候のノルウェーでは、緊急医療設備を備えたヘリコプターが活躍している。 ノルウェーから来たアンニの同僚の医師は、グリーンランドにこそ、そういうヘリが必要だと言うが、 資金の豊富なノルウェーの常識をグリーンランドに当てはめても、 意味を成さないというのがアンニの意見だ。


アンニ。穏やかで、癒し系のステキな女性。

設備が乏しい場合、医師は自分の感覚を総動員して、患者に向き合い、 一体身体のどこが悪いのか、どうしてその患者は病院に来たのか、何が原因なのか、 心なのか、身体なのか、疲れているだけなのか、じっくり診察(しんさつ)することが必要になる。 ノルウェーから来た医師にはそれができないそうだ。 アンニが一番最初に覚えたグリーンランド語は「ウナ、アナナッパ?」(どこがいたいの?)だという。 すると、例えば患者が胸に手を当てて「ウマ、アヨッポ」(心が痛い、心臓が痛い)と教えてくれるというわけだ。

先日アンニはウマナックの病院での経費削減要求(けいひさくげんようきゅう)の手紙をホーム・ルール(自治政府)から受け取ったという。 現場の状況を知らない、ヌークからの冷酷な手紙に、アンニは心を悩まされていた。 小さな村々が海を隔てて点在するウマナック地方では、ヘリコプターでのフライトの支払いが、 かなりの経費になっているそうだ。予算を削られると、ヌークに送る患者の数も制限されてしまうので、 医師としてジレンマに陥りそうだという。

グリーンランドで多い病気は?と聞いたら、結核だという。 近年心臓病や糖尿病も増えてきたそうだ。ハンティングでの怪我も多く、鬱病(うつびょう)も少なくないという。

一緒に夕食のテーブルを囲んでいるときも、アンニの携帯にはひっきりなしに電話が入った。 周辺の村の「看護婦のような人」からの相談や、ウマナックの病院からの連絡で、 本当に忙しそうだった。でも、そんなアンニも、 この数ヶ月後には2ヶ月の長期休暇を予定しているという。 仕事には全力を注いでも、バカンスが人生には欠かせないことをよく知っている。 さすがはフランス人だな、と思った。

    


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