休日の過ごし方
20日木曜日は、キリスト教の祝日だった。気持ちよい天気で、
こんな日に外に出ないのはもったいないので、ビアテと、
ウマナックで医師として働くフランス人(ノルマンディー出身)のアンニと一緒に、
ウマナックのハート形の山の裾野(すその)へトレッキングに出かけた。
岩山の間にある湖。 冬には氷って、上を歩いて近道をすることができるが、夏が近い今はもう無理。
アンニは3日前に岩場を歩いていたときに足をくじいたばかりなので、
怪我した足をかばいつつ歩いた。
「怪我しているのに、こんな崖を歩いても大丈夫なの?」と聞くと、
「リハビリには歩いた方がいいし、
普段使わない筋肉を使うから、かえって良いのよ」ということだった。
ハート形の山の裾野を歩く、約3時間のトレッキング。
ところどころ雪が残っている岩場を、歩きやすい道を探しながら進んだ。
アンニが、足下に咲く小さな花を見つけた。ピンク色の小さな花が、ひっそりと咲いていた。
ビアテも、今年はじめて見る花だという。名前は、Kakillallit(カキッラッヒ)という。
グリーンランドの国花はNiviarsiaq(ニビヤシアック)というやはりピンク色をしたかわいらしい花だが、
ニビヤシアックの方が、少し背丈が高いそうだ。
今年最初の花、Kakillallit(カキッラッヒ)。
フランス人医師アンニの悩み
眺めのいい岩の上で、コーヒー・ブレイクとなった。
アンニは最近仕事が忙しく、精神的に疲れていたので、トレッキングはいい気分転換になったようだ。
グリーンランドに来て、3人の医師に出会ったが、3人とも外国人だった。
ペデルセン先生はデンマーク、モハメッドはスーダン、アンニはフランス出身だ。
私が出会った3人は、グリーンランド語を話すが、特に短期間の滞在の医師には、
話さない人の方が多いそうだ。その場合は、
当然患者との間のコミュニケーションにおいて支障をきたす(特に村ではデンマーク語を話さないグリーンランド人も多い)。
通訳する看護婦がそばにいるそうだが、看護婦も激務(げきむ)の中でさらに仕事が増えるということで、
難しい問題は多々あるそうだ。しかし、グリーンランド人の医師が不足している現状では、
それでも外国からの応援に頼るしかないのだ。
歩きやすい道を探して、先頭に立って歩くのはビアテ。
ウマナック地方には7つの村があるが、例えばニャーコンネには病院はない。
「ナース・ステーション」があり、そこに資格は持っていない「看護婦のような人」がいるだけだった(いるといっても、いつもそこにいるわけではなく、必要なときだけ呼ばれる)。
急病人や怪我人は、ヘリコプターでウマナックの病院に運ばれることになる。
このフライト費用は、医療費としてカバーされるので、患者は支払う必要はない(医療費はすべて無料)。
ウマナックにも、ヌークにも、各町に病院は一つずつしかない(医師は3、4人)。
そこにいる医師の腕、患者への真摯さによって、その町の医療状況は大分左右されるようだ。
ウマナックでは出来ない類(たぐい)の手術、治療が必要な患者は、医師の判断でヌークの病院に移送される。
さらに、ヌークでも治療が難しい場合はデンマークまで運ばれる。
ビアテの犬ぞりチームの一匹。トレッキングのお供をかってでた。
高度医療先進国から来る医師は、グリーンランドの医療設備に不満をもらすこともあるという。
グリーンランドと似た気候のノルウェーでは、緊急医療設備を備えたヘリコプターが活躍している。
ノルウェーから来たアンニの同僚の医師は、グリーンランドにこそ、そういうヘリが必要だと言うが、
資金の豊富なノルウェーの常識をグリーンランドに当てはめても、
意味を成さないというのがアンニの意見だ。
アンニ。穏やかで、癒し系のステキな女性。
設備が乏しい場合、医師は自分の感覚を総動員して、患者に向き合い、
一体身体のどこが悪いのか、どうしてその患者は病院に来たのか、何が原因なのか、
心なのか、身体なのか、疲れているだけなのか、じっくり診察(しんさつ)することが必要になる。
ノルウェーから来た医師にはそれができないそうだ。
アンニが一番最初に覚えたグリーンランド語は「ウナ、アナナッパ?」(どこがいたいの?)だという。
すると、例えば患者が胸に手を当てて「ウマ、アヨッポ」(心が痛い、心臓が痛い)と教えてくれるというわけだ。
先日アンニはウマナックの病院での経費削減要求(けいひさくげんようきゅう)の手紙をホーム・ルール(自治政府)から受け取ったという。
現場の状況を知らない、ヌークからの冷酷な手紙に、アンニは心を悩まされていた。
小さな村々が海を隔てて点在するウマナック地方では、ヘリコプターでのフライトの支払いが、
かなりの経費になっているそうだ。予算を削られると、ヌークに送る患者の数も制限されてしまうので、
医師としてジレンマに陥りそうだという。
グリーンランドで多い病気は?と聞いたら、結核だという。
近年心臓病や糖尿病も増えてきたそうだ。ハンティングでの怪我も多く、鬱病(うつびょう)も少なくないという。
一緒に夕食のテーブルを囲んでいるときも、アンニの携帯にはひっきりなしに電話が入った。
周辺の村の「看護婦のような人」からの相談や、ウマナックの病院からの連絡で、
本当に忙しそうだった。でも、そんなアンニも、
この数ヶ月後には2ヶ月の長期休暇を予定しているという。
仕事には全力を注いでも、バカンスが人生には欠かせないことをよく知っている。
さすがはフランス人だな、と思った。
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