フレデリッカのお茶会
Frederikke Petrussen(フレデリッカ・ペッツロスン)は、グリーンランドの伝統文化について、
並はずれた知識と豊富な経験を持つ、まさにグリーンランドの生き字引のような人だ。
フレデリッカとアレカ (フレデリッカ宅にて)。
フレデリッカのクレープ (ジャムは手作り)。 ブルーベリーは、夏になると野生のものがたくさん採れる。
フレデリッカは1931年、南グリーンランドの小さな村で生まれた。2才のとき
、教師だった父親に共に、今はもう存在しないQallimiut(カッヒミュ)という、
当時5つの羊飼いの家族が暮らしていた村に移り住んだ。
21才のときに、教会の牧師をしていた未来の夫と出会ったが、出会ってから一年間は、
お互いに好意を抱きながら、時々村で顔を会わせては言葉を交わすだけ、という日々が続いた。
そして彼が東海岸のイトコトミュに派遣されることになったのを機会に結婚し、
その後、30年にわたって、牧師の夫の赴任先の教会が変わるごとに、
グリーンランド各地を渡り歩き、合計17の村に暮らし、
期せずしてグリーンランドの各地方の生活を見つめるという貴重な経験を得ることになったのだ。
フレデリッカは夫亡き後、一人暮らしをしている。今まで、3人の子供を出産したとき以外は、
一度も病院のベッドに世話になったことはないのが自慢だ。好きな食べ物はゆでた魚だが、
なんでもよく食べるし、特別な健康法があるわけでもないという。見ていると、
きびきびよく動き、表情もしゃべりながらコロコロとよく動く。なによりも笑顔が素敵だ。
子供の頃と、今と、何が変わった?と聞いてみた。
すると少し考えてから、服と食べ物が一番変わった、と言った。昔は、
洋服は売っていなかったので、自分の服は自分で作っていた。材料は、
アザラシの皮や羊毛で、毛皮をなめしたり、編み物をしたり、なんでもやったそうだ。
食べ物は、冷蔵庫ができてからずいぶん変わったという。冷蔵庫のない時代は、
保存のためには、食べ物を干さなければならなかったからだ。
(南グリーンランド、1930〜50年頃)
環境はどう?雪や氷は昔と違う?と聞くと、
「南グリーンランドは昔から羊牧場で生計をたてている地域だから、
雪や氷の変化に敏感である必要はあまりなかったわ。この質問は、もっと北に行った時、
猟師たちに聞いてみるといいよ。」と教えてくれた。
アレカも、つい最近ナショナル・ジオグラフィックの記者にも同じことを聞かれたらしい。
「確かに地球温暖化の影響は、グリーンランドだけでなく、北極圏全体に表れている。
北に行けば、必ず目の当たりにすることになるわよ。」とのこと。
フレデリッカに、グリーンランドの魚はおいしいね、と言うと、
とっておきの北極イワナをふるまってくれた。まず冷凍庫から出し、
半解凍にし、それを切ってそのまま食べる(半解凍のまま)。
ウッルッ(Ulu)という半月型の刃に握りがついたナイフを使って、ズンズン切る。
やや体重をかけるようにして力をかけると、うまく切れる。
半解凍の北極イワナはサーモンより淡泊な味で、あとを引くおいしさだった。
ウッルッで北極イワナを切っているところ。
こちらは裁縫用のウッルッ。
台所の窓辺が、フレデリッカの裁縫(さいほう)コーナーになっていた。
孫のために作っているカミック(アザラシの皮でできた靴)を見せてもらったが、
その緻密(ちみつ)さ、色彩の鮮やかさには目をうばわれた。針の目は2ミリ単位の細かさで、
丁寧に手縫いがほどこされている。鮮やかな装飾模様は、裁縫用のウッルッと、
彫刻刀のような小さなナイフを使って4ミリ四方の小さな四角を作り、
ビーズのように一つ一つ縫いつけていく、という手の込んだものだ。
細かい手作業 一針一針丁寧に縫いつけていく。
カミック(アザラシの皮でできた靴)。 なんと細かい縫い目!
何にもなかったから何でもできるようになったフレデリッカと、
何でもあるから何にもしなかった私。72才のフレデリッカの中には、
無限の内容が込められているようで、できることなら何日でも通って、
彼女の知恵の実を分けてもらいたいと思った。
彼女の元気の秘訣について、フレデリッカは多くを語らなかったけれど、
この作りかけのカミックを仕上げるから、
お茶会の続きはまた明日ね!といってさっそく次の仕事に取りかかろうとしている姿は、
いつも動いていないと気がすまない私の祖母と、とてもよく似ているような気がした。
ナショナル・コスチューム(民族衣装)
アレカとゲールは、8月に町の教会で式を挙げる。
そのときにアレカは、伝統の民族衣装を着る。
その、ウマナック(西グリーンランド)にいる母親が手作りしてくれたという大切な衣装を取り出してきて、
なんと、「ノリコ!これを着て写真をとったら、きっと素晴らしいわよ!」と言い出した。
なんだか悪いような気がしたけれど、お言葉に甘えて、着せてもらうことにした。
上着は襟全体に幅広く細かいビーズが施されていて、頭からかぶって着るようになっている。
下は、ショートパンツ型の短いズボンをはき、腿までの長いブーツのようなものを履き、
さらにカミックを履く。アザラシの皮でできているので、すごくあたたかい。
アレカが着せてくれた民族衣装。 カミックは小さすぎて履けなかった。
カコトック・ミュージアムで見たのと同じ、色鮮やかな晴れ着は、
着ているだけで華やいだ気分になる。昔、西グリーンランドでは、
カミックの色は女性の未婚、既婚、未亡人と、3種類に色分けされていたのだという。
未婚は白、既婚は赤、未亡人は黒、という風に。今はもう、そういう区分けはほとんどなく、
好きな色(白が多いらしい)を身につけるようになったそうだ。
カコトック・ミュージアムに展示してあった民族衣装(西海岸のもの)。
カミックの色(白・赤・黒)に意味があったとは知らなかった。
アレカと私がグリーンランドの衣装に夢中になっている横で、ゲールはクールにギターを抱えて、
自作のメロディーをつま弾いていた。すると、
アレカが洗濯物の中から羊毛のモモヒキをひっぱりだしてきて、笑いながら言った。
「見て見て!これがゲールのナショナル・コスチュームよ!」
ゲールのナショナル・コスチューム! 羊毛のモモヒキ。
ゲールは、1年中、この長袖長ズボンのナショナル・コスチュームを愛用している。
上下一組として、25組は持っているらしい。考古学博士でもあるゲールは、
時に極寒の地におもむき、テントで生活しながら発掘作業にあたる日々もあるという。
そのときに、このナショナル・コスチュームがいかに快適で、
かつ保温効果に優れた下着であるかを、
学者らしくきちんと説明してくれるのが余計におかしかった。
アレカは笑いすぎて、涙を流していた。
注)羊毛の下着は、デンマークの民族衣装ではありません。あくまでも、
ゲール個人にとって「民族衣装」にひってきする価値をもつ衣類、という意味です。念のため。
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