2004年5月26日

Karo (カーロ)

午後、もうすぐ仕事が終わるから、一緒に買い物に行こうと、カーロから電話が入った。 カーロはオーノと一緒に暮らしているグリーンランド人女性で、オーノの北極圏犬ぞりの旅には、 1998年から参加している(オーノは1992年以降は2、3人で旅している)。 カーロは、グリーンランドの氷床をスキーで横断した、 最初のグリーンランド女性という記録を持っている(1991年)。 それは、デンマーク人、ノルウェー人、アメリカ人の3人の女性と一緒に成し遂げた、 女性だけのエクスペディションだった。


カーロの働くイルリサットの教育センター。
職業訓練校も兼ねている。


カーロ(Karo Thomsen)。
知性と野性を兼ね備えた、グリーンランド女性。


グリーンランド・ハスキーの血統

夕食の前に、カーロは、犬たちのところに出かけた。 犬ぞりのシーズンは終わっても、犬たちの世話は、年中しなければならない。 生き物を飼うというのは、そういうことなのだ。 それが面倒で、犬ぞりをやめて、スノーモービルに切り替える人が増えているのは事実だ。


オーノとカーロの犬ぞりチーム。
家から歩いて5分のところで飼っている。

グリーンランド・ハスキーは、今から4000年から5000年前にカナダから渡ってきたといわれている。 狼の血をひき、長い年月をかけて、北極園の生活に適応し、働く能力を備えていった。 グリーンランドには、およそ30000匹のグリーンランド・ハスキーがいるそうだ。 大きなものは45s、平均は30sの体格で、スピードはゆっくりでも、非常に持久力があるという。 野生の血が濃いので、寒冷な気候もものともせず、ハンティングの本能も持っている。

もともとはカナダから渡ってきたといっても、そこではもう、 アメリカ大陸やヨーロッパからやってきた幾多(いくた)の種と混じり合っているので、 カナダのハスキーは、グリーンランド・ハスキーとは一線を画(かく)しているそうだ。 この大切な血統を守るために、 一度国外に出したグリーンランド・ハスキーの再入国は禁じられているし、 東グリーンランドと、シシミュート以北の西海岸では、他の種類の犬を飼うことが禁止されている。

カーロとオーノは二人で13匹の犬を飼っている。カーロの犬が5匹、残りがオーノの犬らしい。 カーロがエサの準備をしていると、「ワオーン、ワオーン」と吠えながら、 大きくジャンプして飛び上がる。私にも、他の犬との違いがわかるほど、美しく、 たくましい犬たちだった。犬たちにとって大切なのはチームでいることで、 そこで自分たちのヒエラルキー(ピラミッド型上下関係)をつくり、リーダーを選ぶのだという。


干したアンマサを水に戻したエサ。

カーロは、犬たちをなだめるときに「ドゥルーワッ!」と低い声で叱る。 冬や長い旅の間は、いつも犬たちと一緒にいるので、コミュニケーションをとり、 親密な関係でいられる。すると、犬たちは、とても穏やかになり、吠えたてたりもせず、 おとなしくしているのだという。そういうときは、お互いの目を見ただけで、 何を考えているかがわかるらしい。でも、シーズンが終わり、数日会わなかったり、 エサだけ与えて終わりにしていると、距離ができ、犬たちは凶暴になってしまうそうだ。


吠える犬を、「ドゥルーワッ!」と叱るカーロは迫力満点。

網で仕切った囲いの中には、犬小屋があり、一匹の母犬がちょうど出産を迎えているところだった。 カーロがのぞくと、1匹の生まれたばかりの子犬が、横たわる母犬に抱かれていた。 「一匹だけなんておかしいわね。」といっているうちに、母犬の呼吸が徐々に乱れ始めた。 お腹も震えだし、身体全体が動き、いまにも次の出産を迎えるようだった。 私たちは、邪魔しないように、いったんその場を離れた。

他の犬たちの世話をしてから戻ってくると、子犬が2匹になっていた。 母犬は子犬の周りの胎盤をなめながら食べていた。 その後、私たちがそこにいる間にもう1匹産み落とした。 カーロは子犬たちの性別が気になるようだった。オスなら良いが、 メスならオーノと相談して、間引かなくてはならないかもしれないという。 犬ぞりチームにメスが多すぎるのは、あまり良くないからだという。


出産直後の母犬と子犬。

しかも、この子犬たちは兄犬と妹犬の間に生まれたので、血が濃く、 これもあまり望ましくないそうだ。グリーンランドでは、 世話ができないと飼い主が判断した犬を、銃で撃ち殺すことが認められている。 カーロの犬でも一匹、非常に凶暴で、人を噛みつくのがいるのだが、 長く飼っている犬を始末するのは、やはりためらわれると言っていた。


ディスコ湾での再会

オーノは、泊まりがけで船で出かけたので、カーロと二人で遅めの夕食をとっていたときに、 家の電話がなった。カーロがとると、それは、ニャーコンネで別れたオリョウからだった。 ヌッソア半島やディスコ湾の辺りを、ボートで巡ると言っていたから、 もしかしたらイルリサットで会えるかも、と思っていたけれど、私は明日カーナークへの移動なので、 もう難しいだろうと諦めていたところだった。受話器を受けとると、弾んだ声で、 15分前にイルリサットに着いたばかりだという。


イルリサットの港。たくさんのボートが集まってくる。

港から直接、オーノとカーロの家に、会いに来ることになった。 久しぶりに会ったオリョウは以前よりも日に焼けていた。 アリバットにしみついたタバコのにおいも久しぶりで、懐かしかった。 ブーユとイサクはニャーコンネに残って、代わりにカーバと、ニャーコンネのアッチが一緒に来ていた。


オーノがカナダに行ったときに手に入れた、 レイン・ディアーの骨でつくられたイヌイット伝統のアイ・マスクをかけて、 笑顔のカーバ。

いつかまた会える気がして、「またね!」と言って別れたけれど、 その再会がこんなに早く訪れるとは、あのときは思っても見なかった。 薄曇りのイルリサットの白夜の空の下、みんなと港へ向かう道を、散歩がてら歩いていると、 世界は(とくにグリーンランドは)以外と狭いかも、と思わずにはいられなかった。


強風と曇り空の下、帰途についた。

    


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