氷河期から生きる強者
モハメッドとのトレッキングで、レイン・ディアーも、ジャコウ牛も見られなかったので、
なんとしても北極圏の動物を見てみたいという思いはますます強まってしまった。
カフェテリアにいたクリステンに、「ジャコウ牛が見たい!」というと、なんだか嫌そうな顔をした。
クリステンは、ジャコウ牛のスープをはじめて飲んだとき、その肉に、ジャコウ牛の長い、茶色く、
硬い毛が生えていたのを見つけたショックが今も消えず、それ以来一度もジャコウ牛を食べていないし、姿も見たことがないという。
「せっかくカンゲルスアックに来たんだから、見に行こうよ」と、渋るクリステンを引っ張って、ジャコウ牛見学に出発した。
空港から10分くらいの丘に、3頭のジャコウ牛を見つけた。想像以上に、奇妙な姿だ。のっそりのっそり、動いている。
長い毛にすっぽりおおわれたごつごつした身体のわりに、かわいらしい顔をしている。くるんと曲がった角にも愛嬌(あいきょう)がある。
ジャコウ牛。長い毛はスカートのように垂れ下がっている。
ジャコウ牛(MUSK OXEN)は、氷河期からの生き残りだといわれている。茶色く長い毛の下には、
暖かなウールのような柔らかい毛が隠れていて、ブリザードの吹きすさぶマイナス30度から50度という寒さの中でも生きていけるので、
ジャコウ牛には洞穴(ほらあな)や家のようなものは必要ないそうだ。
ジャコウ牛のやわらかい毛で作ったニット類は、軽くあたたかで、寒い冬には大変重宝するという(非常に高価)。
また、夏に草原の上に抜け落ちたお腹の部分の柔らかい毛を拾い集めて毛糸を縒(よ)り、ニットを作っている人もいると聞いた。
顔を縁取るように角が生えている。
カンゲルスアックにいるジャコウ牛は、もともと、1960年代に東グリーンランドから27頭移住させたもので、
それが順調に増え、今では5,000頭を超えるまでになったという。
つぶらな瞳でカメラ目線。
19世紀後半、ジャコウ牛を追いかけて、エルズミア島からスミス海峡を渡り、グリーンランドの北の海岸線に沿って進み、
はるばる東グリーンランドまでたどり着いたイヌイットたちもいたと言われている。
東グリーンランドの人々の顔立ちの中に、しばしばネイティブ・アメリカンに似た面立ちを見つけるのはそのせいらしい。
全部で3頭のジャコウ牛を見た。やはり本物は迫力があった。
そんな歴史を知ってか知らずか、凍った河のほとりに佇(たたず)むジャコウ牛たちには、何事にも動じない長老の風格を感じた。
|