トゥピラック
グリーンランドの土産物でも、もっとも有名なものの一つがトゥピラックだといえる。骨や角でつくられた工芸品で、
形はさまざま、とぼけた顔、ユニークな顔、妖怪(ようかい)のような顔、人間と動物が一体になったものなど、いろいろある。
トゥピラックたち。 作者によって、形も顔もさまざま。材料は、レイン・ディアーの角、イッカクの牙など。
トゥピラックは、もともとは、怨(うら)みのある人に呪いをかけるためのものだった。それは、今土産物として売られているものとは別物で、
木、動物の皮、鳥、人間の皮膚(ひふ)や髪の毛(ときには子供の死体)など、自然界のものを寄せ集め、一つにたぐり合わせたものに、
命を吹き込むというものだった。これができるのは、「アガッコ」と呼ばれるシャーマンだけだった。
そして、呪った人間を殺すために、海に放たれた。
アガッコ(シャーマン)。
この呪いは、もし呪いをかけられた人の力(呪術)の方が強ければ、トゥピラックの力はブーメランのようにはね返され、
呪った人の方が殺されてしまうという、高いリスクが伴っていた。
アガッコは、このように身体をヒモでしばり、トゥピラックに命を吹き込んだ。
このように、呪いの道具として使われたトゥピラックは、今は一つとして残っていない。朽(く)ちやすい材料でつくられていたうえ、
呪いをかける際に海に流されたためだ。ところが、ヨーロッパ人がグリーンランドにやってきたとき、
トゥピラックというものがどういうものか知りたくて、アガッコ(シャーマン)に、自分のために一つ作ってくれるように頼んだという。
すると、そのアガッコは、「そんなことをしたら、お前は自分の命を失うかも知れない。もし私がお前のためにトゥピラックを作ったら、
命の保証はできない」と言って断ったそうだ。それでも、好奇心を抑えきれなかったそのヨーロッパ人のために、
本物とは違う「トゥピラックのようなもの」を作ったのが、今、私たちが手にすることができるトゥピラックの始まりだという。
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ヌークのリーシィの店(Kattaana)にあったトゥピラック。
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トゥピラックは、グリーンランドのいくつかの地域で作られているが、タシーラクのものは特に質が高いことで有名で、
「東グリーンランド産」のニセ物が、世界の美術コレクターの間で出まわっているというニュースもあったそうだ。
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同じものでも、角度によってさまざまな表情を見せる。
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今、売られているトゥピラックを手に入れても、命を脅(おびや)かされる心配はない。しかし、多種多様なトゥピラックの世界に、
魅了される危険性は、充分にあるだろう。
(参考資料:Tupilak-the feared and loved East Greenlandic carving in tusk and raindeer horn by Ole G. Jensen)
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