2004年5月12日

氷上の旅 2日目

7時起床の予定だったけれど、イサク以外は9時過ぎになってようやく目を覚ました。 あたたかい寝袋の中から出るのには、かなりの決断力が必要だった。それでも、起きあがってテントの外に出ると、 快晴の、すがすがしい青空が広がっていた。

イサクが、早々に朝一番のアザラシを仕留めてきた。昨日のアリバットの獲ったアザラシより、少しだけ小ぶりだった。 「オス?それともメス?」と聞くと、おなかの下の方をナイフで裂き、「これがオスのしるし!」といって白く細長いものを取り出して見せ、 フォッフォッフォッと笑った。


アザラシを仕留めて帰ってきたイサクとブーユ。


朝の風景。インマルサット衛星電話を試してみる。
ブーユが持っているのはアザラシ漁のときに使うtaalutaq(タールッタック)。

オーレは、一匹ずつ犬たちの足の裏の具合をチェックした。人間でいえば、ティーンエージャー、 17才くらいの若い血気(けっき)盛んなのが一匹いて、その足を確かめるときは、アリバットと二人がかりで、口をヒモでしばり、 かまれないようにして足の裏を見ていた。犬たちのエサの回数は、夏と冬で異なり、寒い冬はエネルギーが必要になるので毎日だが、 夏は2,3日に一回だという。エサとしては、ドックフードや、魚を与えていた。大切なのは、水を充分に与えることで、 冬は犬が自分で雪を食べて水分を補給するが、雪のない季節はバケツに水を汲んで与える。犬ぞりの旅の間は、 重いソリを引く力を付けるために、エサは毎日になる。


グリーンランド語メモ

テントをたたんで、出発したのは昼過ぎだった。天気は快晴。ボートに乗って、犬たちに引かれながら、アリバットは鼻歌を歌っていた。 自然に鼻歌がでるような、おだやかな景色だった。アリバットが「アリアーナ、ヌアンニ」とつぶやいた。 風のない、穏やかな天気のことを「アリアーナ」いい、「ヌアンニ」は、風景や人物など、 自然の造形(ぞうけい)の美しさを表現するときに使うのだという。「クシャナ」も、美しいものを表現する言葉だが、 こちらは「もの」に対して使われるそうだ。


2日目は、ブーユがドライバーになった。
犬たちと一緒に走り、方向を指示し、隊の流れをつくる。


穏やかな「アリアーナ」の中を犬ぞりで進む。

グリーンランド語はとても表現が豊かで、例えば「雪」を表現する言葉は、15種類くらいある。雪(アプット)を基本に、 ゆっくり降る雪、地面の上の雪、一年中溶けない雪、水分の多い雪、 温かい雪・・・・雪が生活の身近にあるグリーンランドならではの言語文化だといえる。


ユーモアの効用

休憩中、食べたり飲んだりしたあと、アリバットが、イサクのことを「カヨッタ」と呼んでからかった。 イサクも「アリバット、カヨッタ」といって応酬(おうしゅう)した。オーレとブーユはゲラゲラ笑っている。 私は、「カヨッタ」という言葉の響きと、アリバットとイサクのやりとりや表情がおかしくて、つられて笑った。 「カヨッタ」に特別な意味はなく、ハンティングの最中には、こうして悪意なく仲間をからかい、ジョークを楽しむのだそうだ。 ユーモアは、緊張を和らげる最高の薬だ。これも、狩猟という、一つ間違うと命を落としかねない状況の中で、 余分な緊張感をほぐすために培(つちか)われた、イヌイットの知恵なのかな、と思った。

犬ぞりで使うムチは、セイウチの皮をなめしたものを使っていた。厚さは7mmほどあり、かなり頑丈にできている。 ブーユの指導で、私もムチ使いに初挑戦してみた。下手だと、ピュッと、自分の背中にムチが当たってしまう。 肘(ひじ)をうまく使うことがコツのようだった。直径5センチほどのボールを雪で作り、地面に置き、イサクが離れたところから、 ムチをふるうと、ビュッツという鋭く風をきる音が聞こえたあと、一瞬で雪のボールは粉々になった。


ムチ使いを披露するイサク。


ニャーコンネへ

「アリアーナ」(穏やかな天気)の空のもと、アリバットの鼻歌を子守歌に、太陽の光を感じながらウトウトと居眠りをした。 ボートの揺れがユリカゴのようだった。午後4時過ぎに、ヌッソア半島の西部に位置する小さな漁村、ニャーコンネ(Niaqornat)に着いた。 2日間、ウマナック・フィヨルドの氷上、65キロの犬ぞりの旅だった。ニャーコンネは、人口約60人、30戸くらいの家から成り、 山と海に挟まれた独特の地形をしている。船にとっては、海への入り口として、重要な存在だという。 (さらに西部にあった村は、もう廃村(はいそん)になった)。


ニャーコンネの村。村の真ん中に湖がある。

先に来ていたICE SCHOOLのリーダーのウナトック、他の3人の子供たちとは、ここで合流した。 みんな日に焼けた顔にサングラスのあとがくっきり残っていて、白黒逆転のパンダのようになっていた。 ニャーコンネで、食料や備品を調達して、ボートで海へ出る。氷の張った場所は犬ぞりで、海が開いているところはボートで移動する。 つまり今度は氷上の犬ぞりとは逆転して、ボートにソリと犬を乗せていくというわけだ。


ウナトックの息子ハンスピーター(17才)とブーユ。


カーバ(13才)。
もう一人のメンバー、カリョー(20才)は写真に納めそこなった。


ICE SCHOOLのリーダーのウナトック。厳しくもあたたかな人柄が伝わってくる。 私に一生懸命グリーンランド語を教えてくれ、私がうまく発音できると、「ピッコリ(上手だ)!」と、必ずほめてくれた。

明日の天候が良ければ、いよいよ本番イッカク漁に出発することになった。

    


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