イチゴイチエ

週末の二日間は、濃い霧がウマナックを包んでいた。 ビアテと、毎晩のように遅くまでおしゃべりをしていたので、朝はゆっくり過ごし、 午後、新鮮な空気を吸いがてら外出をした。 ビアテの先生仲間のロネの30才のカフェミックがあったので、小さなプレゼントを持って、 ロネの家にうかがった。ロネはテコンドーが趣味で、アジア文化には関心が深いようだ。 ロネと会うのは3度目だが、いつも爽やかで、生きているのが楽しくてしょうがないという空気をまとっている。 今月いっぱいでウマナックを去り、デンマークに帰るということで、ゲストブックに、 みんながメッセージを書いた。私にも回ってきたので、少し考えて、 この場に一番ふさわしいような言葉を選んだ。

晴れていても、霧が覆った週末の朝。

「ロネの30才のカフェミックに呼ばれて光栄です。私の一番好きな日本語の言葉を書きます。 「一期一会」という言葉です。「生涯にただ一度だけの出会い、何事も一生に一度だけ」という意味で、 家族でも、友達でも、恋人でも、すべての人、すべての瞬間に対して、いつも初めて出会うように、 そしてそれが最後の出会いでもあるかような気持ちで接するという心です。 ロネのすばらしい30代を是非楽しんでください！私もすぐ、後を追いかけます。」

ロネの30才のバースデー・ケーキ。
一辺が40�pもある特大手作りケーキ。

英語で「一期一会」を説明するのは難しかったけれど、これは戦国時代、 明日の命も知れない武将たちが、茶会にて対峙（たいじ）するときの心得であったこと、 四季は日々移ろい、春に数日咲いて、あっという間に散ってしまう桜の花を愛するならば、 すべての時間を「一期一会」だと思わずにはいられない、 日本独特の風土のことを語ると、ロネは、「イチゴイチエ、とても美しい精神だわ！」と言った。

週末の夜

夜は、近所の「独身」女性たちが集まって、パーティとなった。 日本から持ってきていた極上の海苔がまだあったので、手巻き寿司を作ることにした。 キュウリ、白菜、エビ、スモークサーモン、ツナとタマネギのマヨネーズ和えを具にして、 酢飯も用意した。寿司はあっさりとしているので前菜にし、 ビアテがチキンを丸ごと1羽を料理するいい方法はないかというので、 キャンプのバーベキューで覚えた、ニンニク、しょうが、焼きネギと一緒に、 醤油と酒にじっくり漬け込んでからこんがり焼く、照り焼きチキンを提案した。 スーパーには「白雪」と書かれたジャパニーズ・サケが売っていたし、ネギのようなものも、 しょうがも最初の船で届いたので、材料は丁度揃った。

最初の船で届いた果物。

手巻き寿司。
一本目は私が包み、二本目は自分で包んでもらった。

寿司は知っていても、手巻き寿司は初めてだったようで、三角にくるっと海苔を包む方法も、 彩りの鮮やかさも好評だった。同じチキンも、醤油と酒、香味野菜の香ばしい風味で、 我ながら上出来の仕上がりだった、詳しいレシピを教えて欲しいといわれたので、 少しの塩と砂糖を加えるのがコツだと伝えた。まさか、グリーンランドで、 このチキンを作るとは思わなかった。まったく、何がどこで役に立つかわからない。

食後の運動。
ビアテは肩こりが激しいので、看護婦のビアテ（同じ名前）にストレッチの手ほどきを受けた。

私の大好きな映画で、『バベットの晩餐会』という、宝物のようにステキなデンマーク映画がある。 フランス人のバベットという女性がデンマーク、ユトランドの漁村で、 フランス式のすばらしいディナーで村人たちをもてなすという内容だ。 この映画の話を数日前にビアテとしていたので、このパーティのとき、 ビアテが、「今夜はまるで『ノリコの晩餐会』と言えるわね！」といって笑った。

人間を楽しむ

ウマナックには映画館も、劇場もない。ゲームセンターもない。 バーは、ホテルに一軒とと、町に一軒あるだけだ。 だから、人々にとって、カフェミックで集ったり、ディナーに集まって夕食を共にしながら、 いろいろな話をするのことは、何よりの娯楽なのだそうだ。 そういう訳で、私のように遠くから来た人間は、彼らの知らない文化を持っているので、 刺激的で、とてもおもしろいのだという。

サラという年配の女性のディナーに呼ばれたときのデザート。
シャーベットとイチジクのコンポートと、生クリーム。

近所に住むリスベットの家で出された、クジラの刺身。
ガリとわさびまであった。リスベットは日本の簡素なセンスが大好きらしい。

白夜の季節、霧に包まれた週末ならではの、ゆるやかな時間が過ぎていった。

静かな週末の夜。22時でもこの明るさ。