太陽と氷の国
久しぶりの快晴の朝、窓から空を見上げると、赤と白のコントラストが美しいグリーンランドの国旗がはためいていた。
グリーンランドの国旗。 上半分は、日の丸と同じ。
グリーンランドの国旗は、氷床から登る朝日を現している。1985年、国旗のデザイン・コンテストが開かれ、
現在はヌークに住むアーティスト、Thue Christiansenのこの作品が選ばれた。
先週まで、カナックに旅行に行っていたアレカは、
国旗の表現そのものの景色を見たそうだ。ウマナックの猟師の家庭に生まれ、
子供の時から犬ぞりに親しんでいたアレカでも、
北部、カナック地方の果てしなく広く、静謐(せいひつ)な氷の平野を、白夜の中、
犬ぞりで走る興奮は、ほかに例えようもないほどすばらしかった、と言っていた。
メモ:国旗がポールのてっぺんではなく、中間ではためいている場合は、
村で誰かが亡くなったことを伝える、哀悼(あいとう)のしるしだという。
カコトック・ミュージアム
ゲールが館長をしているカコトック・ミュージアムには、グリーンランドの民族衣装や、
動物の皮ででできた衣類、カヤック、
現代絵画、工芸品などが、丁寧(ていちょう)に陳列(ちんれつ)されていてる。
アザラシの腸でできたアノラックは、防風、防水、通気性を備えた、
まさに現代のゴアテックスに匹敵(ひってき)する機能的な素材だったそうだ。
カコトック・ミュージアム。 200年たつ古い家を使っている。
腸でできたアノラック。
上の階に上ると、赤い色の家具で統一された部屋と、ブルーで統一された部屋があり、それらはかつて
、Kund Rasmussen(クヌド・ラスムセン)が使った部屋として、今も保存してあった。
クヌド・ラスムセンは、イルリサットで生まれたグリーンランド人とデンマーク人の混血で、
20世紀はじめに、犬ぞりでグリーンランド各地、カナダ北極圏、アラスカ、
そしてベーリング海峡を越えてロシアまでを探検した人物で、今でもグリーンランドではとても人気がある英雄だ。
彼の探検によって、北極圏全域に、共通のイヌイット文化・言語が存在することがわかった。
また、文字を持たなかったイヌイットの、口承(こうしょう)による伝説や民話を採集したり、
交易所を開設したり、北部カナックにはじめての商店を作ったり、
グリーンランドに様々な面から貢献(こうけん)を果たした。
彼の名にちなんだ土地や施設は、グリーンランド中で見つけることができるという。
クヌド・ラスムセンと、彼の友人の子供。
この部屋には、1927年にスピリット・オブ・セントルイス号で、
世界ではじめて大西洋無着陸単独飛行に成功したチャールズ・リンドバーグと、
その妻アン・モロウ・リンドバーグが宿泊したこともあると、ゲールが教えてくれた。
リンドバーグ夫妻は、1933年、パン・アメリカ航空の依頼で、
グリーンランドで飛行場に適した土地を探索するために訪れたのだという。
彼らの旅の結果は、のちのナルサスアックとカンゲルスアックの空港建設につながった。
世界に先駆けた通信技術
ゲールは、丘の上に新しい博物館を開館しようとしている。まだ準備の真っ最中、
作業中の新・博物館を見学することができた。
ゲールと、大工のおじさんと、新しいミュージアム。
この博物館には、グリーンランド初のラジオ、無線、電話など、通信機器が中心に展示される。
グリーンランドの通信技術の進歩は、
世界でも有数で、かなり早い時期に発達し、その技術は諸外国に輸出するほど優れていたそうだ。
一分間で200文字を伝えるモールス信号を使いこなしたのは、グリーンランドが世界で一番早かったという。
展示の中に、1946年に最初の通信技術者養成学校の生徒が入学した、という記事を見つけた。
写真の若者はみな、新しい時代の息吹をすい、いきいきと希望に満ちた顔をしている。
古い通信機器。
18才の事情
ゲールの博物館で週末だけアルバイトをしている、18才の高校生Qupanuk(クッパヌッ)は、
試験が近いから、といって、レジの棚の下に学習資料をもちこんで勉強しながら、
博物館のミュージアム・ショップの店番をしていた。
今年の秋から5年間、ボーイフレンドと一緒にデンマークの大学に進学する予定だという。
仏教の授業を選択していて、とくに「禅」の考え方にひかれると言っていた。
日本のお寺の様子を話したら、明日の授業で発表する!と喜んでいた。
Qupanuk(クッパヌック)18才、高校生。 試験がもうすぐなの!といって、
アルバイトの合間に試験勉強。
その後クッパヌッとは、怪談話で盛り上がった。彼女は、大変な語り上手で、私を震え上がらせた。
40年ほど前に、Igaliko(イガリコ)で本当にあったという話は、特に恐ろしかった。
ある日男が家に戻ると、彼の小さな女の赤ちゃんのそばに、その子をじっと見つめている女がいた。彼に気づくと、
ものすごい早さで、肘で(足ではなく)地面をはって逃げた。それ以来、夜になると地面から、
女の声で「寒い、暖まりたい、何か食べたい、家に入りたい・・・」という声が聞こえてきた。
気味が悪いので、家の床をはいでみたが、なにも見つからなかった。
その声は、男が狩りに行き、一人テントに泊まっているときにも聞こえてきた・・・という。
名前にまつわる話
「クッパヌッ」とは、グリーンランドに生息する赤と白と黒の色の羽根を持つ小さな鳥を意味する名前なのだという。
めずらしい名前で、クッパヌッは、自分のほかには3人しか同じ名前を持つ人を知らないと言っていた。
魂は生き続け、人は生まれ変わるという考えをもつイヌイット文化では、同じ名前を持つものは、
同じ魂を持つとされてきた。
同じ名前を持つもの同士は、互いを「Ateera(アテーラ)」と呼び合い、特別な親近感を持つのだという。
これまで会ったグリーンランド人は、グリーンランド系の名前を持つ人と、デンマーク系の名前を持つ人に分けられる。
例えば、グリーンランド系の名前は、アレカ(Aleqa:男にとっての姉という意味)、マリック(Malik:波)、
アッカルワッカ(Aqqaluaq:女にとっての弟という意味)、ナヤ(Naya:男にとっての妹という意味)、
ウィロック(Uiloq:貝)、ピッパル(Pipaluk:伝統的な女の名前)、アニンガ(Aningaaq:月)、など。
デンマーク系の名前は、アーネ(Arne)、ヒューゴ(Hugo)、ハイディ(Heidi)、ベッタ(Bertha)、スザーナ(Susanne)、など。
アレカの世代は、ほとんどがデンマーク系の名前で、グリーンランド系の名前は当時クラスでアレカ一人だけだったという。
アレカの後の世代はまたグリーンランド系の名前が増えたりと、名前に流行があるらしい。今はまた、
グリーンランド系の波が来ているそうだ。ちなみに、といって、グリーンランド語で、
佐紀子さんと私の名前の意味を教えてくれた。サキコは「前の、義理の母」、
ノリコは「前の、妻」だそうだ。「コ」は、グリーンランド語で、「前の」を表すらしい。
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