エスキモー・アイスクリーム
まだ眠っているドッタたちを起こさないように、そうっと出かけようとしたのだけれど、
ドッタの娘のユリアが起きてきてしまった。何かを言いたいけど言えないという顔で、
クネクネ動きながら、荷物のパッキングをする私を見ている。すると、一瞬いなくなったと思ったら、
「イッヒッ!(あなたに)」といって、チョココーンアイスクリームを持ってきてくれた。
昨夜はユリアの友達も泊まっていたので、3人で朝の7時にアイスクリームを食べた。
グリーンランドの子供も大人も、アイスクリームをよく食べる。チョコ味、ナッツ入り、
甘酸っぱいベリー味など、店には幾種類も置いてある。
私が「エスキモー」という言葉を知ったのは、アイスクリームからだった。
たしか、フードつきの帽子をかぶったエスキモーの子供のマークが、
エスキモー・アイスクリームのパッケージについていた。
グリーンランドでは、「エスキモー」ではなく「イヌイット」という呼び方が一般的だ。
でも、英語で話すときには「エスキモー」も使われる。違いについて聞くと、
一時はエスキモーという言葉に差別的ニュアンスを含んでいた時代もあったけれど(エスキモーはアルゴンキン・インディアンが用いた「生肉を食らうやから」という蔑称に由来するらしい)、
現在グリーンランドにおいては、単にイヌイットの英語呼称のような形で残っているだけで、
例え「エスキモー」と呼ばれても、気を悪くすることもないそうだ。
「イヌイット」とは、「人間」を意味する。「イヌ」が「人」。
日本語では「イヌ」は犬のことだというと、犬との関わりの深いイヌイットは、
この言葉の違いのカラクリを、とてもおもしろがってくれる。
シリウス・パトロール
ヌークの空港で東グリーンランドのクルサク行き飛行機の搭乗を待っていると、
「やぁ!こんなところで会うなんて!」と、声をかけてきた人がいた。
びっくりして顔を上げると、それはヒデオだった。ヒデオとは、
ホテル・ハンス・エゲデのレストランでマリアンヌとメッテにたまたま紹介され、
その後一度、彼のオフィスを訪ねたのだけど留守だったので、
そのまますれ違いになっていたのだった。
ヒデオ・サワハタ。 「日本の人がもっとグリーンランドを訪れて、 この素晴らしい自然と人々に出会ってくれたらいいね!」
飛行機でクルサクへ行き、ヘリコプターに乗り換えてタシーラクに行き、
タシーラクに5日滞在する、というスケジュールが同じだとわかり、あまりの偶然に驚いた。
グリーンランドの国内線は座席指定がないので、空いている席に隣同士に座り、旅の道連れとなった。
ヒデオ・サワハタは日本人を父に、デンマーク人を母に持つデンマーク人で、
今はヌークに住み、グリーンランド政府観光局で働いている。担当が東グリーンランドなので、
仕事で出張にいくところだそうだ。世田谷で生まれ、2才までは日本に住んでいたけれど、
もちろんそのころの記憶はないので、言葉も「アリガト」とか「オイシイ」とか、
私のグリーンランド語のレベル程度しかわからないし、
自分の名前の漢字表記もうる覚えだった(あとでどうやら沢畑英夫らしいことがわかった)。
ただ一つぼんやりと覚えている日本の記憶は、祖母と一緒にお風呂に入ったときの、
湯船のお湯のあたたかさだという。
大学卒業後、弁護士になったけれど性(しょう)に合わず、数年で辞め、
その後デンマークのグリーンランド沿岸犬ぞり警備隊、
シリウス・パトロールにいたこともあると聞いてまた驚いた。
シリウスの情報は、大場さん、長谷さんの氷床縦断の安全のために、
のどから手がでるほど欲しいものだったからだ。
北部では、24時間太陽のない日々から、24時間太陽が出っ放しの日々へと、
急激に季節が入れ替わる。冬から、春を飛び越えて、夏になるようなものらしい。
南部に比べると、雪解けグチャグチャの期間はとても短く、太陽が出ると気温が急に上昇して、
一気に夏に変わっていくのだという。
そして、ゴール予定地点の最北はさらに変化が早いと、
シオラパルクの大島さんがシリウス・パトロールの人から得た話を、
佐紀子さん経由で聞いていた。
ヒデオは、6月のゴール予定地点は、雪の状態がかなり悪く
(白夜の関係で、雪が解け、グチャグチャになる)、また、付近はクレバス地帯であることから、
ピックアップのツインオッターの飛行機も着陸できるかどうかわからないだろう、という。
情報を収集して、ゴール地点を慎重に検討した方がいいといって、
関係者のコンタクト先を教えてくれた。
シリウス・パトロールにいたときは、冬の7ヶ月間犬ぞりをあやつって、
ひたすら雪の上を走っていたそうだ。7ヶ月のパトロールを終えると、
フードつきの帽子からのぞく顔だけは真っ黒に日焼けするけれど、
それ以外は真っ白なままの、極地特有の日焼けには参ったと言っていた。
東へ
グリーンランドは、日本の6倍の国土があると言っても、人が住んでいるのは沿岸部のごく一部しかない。
飛行機がなかった時代は、村と村、まして西と東の人々の行き来はまずなかったから、
文化も、言葉も大分異なる。グリーンランド人にとってさえ、東独特の静けさ、険しく美しい岩峰、
色濃く残ったイヌイット文化(ヨーロッパ人との接触が200年余りと短いため)には、
魅了されるほどだそうだ。
クルサク空港でヘリを待っていると、雪の上に、
犬ぞり用の犬たちがゴロゴロ休んでいるところに出会った。
グリーンランドに来て、はじめての、犬ぞりの光景だった。
休憩中のグリーンランド・ハスキーたち。
白いソリが一台おいてあったが、ヒデオによるとそれは東グリーンランド式のソリで、
大きさが少し小さめで、後ろにブレーキがついているのが特徴だという。
東グリーンランド犬ぞり。 大きさは小さめで、後ろにブレーキがついている。
寝ころんでいた一匹の犬が立ち上がって歩き始めたと思ったら、なんと3本足だった。
一本の足は、首輪の中に入れている。なんで???とヒデオに聞いたら、
勝手に走り出さないようにする、ブレーキのようなものだという。
首輪の中に足を入れるのがブレーキ代わり。
犬たちは、ソリからのびるヒモに、放射線状につながれている。
このつなぎ方にも地域性があることがわかった。
グリーンランドは、真ん中にリーダー犬を据える放射線型。
やはり犬ぞりが生活に欠かせないアラスカは、タンデム(縦列)型。
平らなグリーンランドでは放射線状に広がって走れるが、山が多く雪が深いアラスカでは、
広がって走る放射線状ではなく、2頭づつ並んで縦列で走るタンデム型が向いているのだそうだ。
同じグリーンランドでも、東は西に比べて雪が深い。ソリにブレーキがあるのもそのためだ。
だから、東の犬ぞりのつなぎ方には、アラスカ式とも、
主流のグリーンランド式とも少し違う形を使うことがあるらしい。
雪が深いところではタンデムでも走れるように、放射線状でも、真ん中のヒモの長さと、
両端のヒモの長さを変えておく。ヒモの長さが違うので、状況に応じて、犬たちを広げたり、
縦に並べたりできるというわけだ。
犬ぞりに乗る人がやってきた。車椅子の年配の男性だった。
まさか、車椅子ごと乗るのかと思ったて見ていたら、数人に抱えられてソリに乗り移り、
ぺたんと座った。犬ぞりのおじさんが後ろにのって、ソリを押し、広い平らなところに出た。
そこで、首輪に入れていた足を出してやると、犬たちは嬉しそうにしっぽを振っていた。
ブレーキをとってあげると、嬉しそうにしていた。
いったん走り出すと、おじさんの乗った犬ぞりは、景色に吸い込まれるように、
あっという間に見えなくなった。
走り出した!
近くにある村に向かっていった。 走り出すと、あっという間に見えなくなった。
北極圏以北のグリーンランドでは、犬ぞりは交通手段として欠かすことのできない、生活必需品だ。
以前、アレカとグリーンランド語の面白さについて話をしていた時に、例に出してくれたのが、
トレイン/train/列車という言葉だった。グリーンランドには列車はない。ないけれど、言葉だけはある。
Qimuttuitsut(the thing that is moving with no dogs)「犬なしで、動くもの」、というのだそうだ。
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