春を知らせる小鳥
ユースの裏山の方から、ピチピチュ、小鳥の鳴き声が聞こえてきた。外に出て辺りを見渡しても、姿を見せてくれない。
カコトックに行っていた5日前は、小鳥の声は一度も聞いたことはなかった。
今朝、小鳥の声を聞いた?と、ビアギッテに尋ねると、2,3日前にこの春はじめて聞いて、
ああ、夏が近づいてきてるんだわと思った、と言った。
ビアギッテは毎日、地球縦回りのホームページをのぞいてくれているので、
その小鳥は氷床の大場さんが撮った写真の小鳥と同じなのよ、と教えてくれた。
デンマーク語では、スニスプード、グリーンランド語では、Qupaloraarsuk(コッパルワスック)という鳥で、
南から飛んできて、ちょっとグリーンランドに寄って、またさらに北に向かう小さな渡り鳥らしい。
氷床に舞い降りた小鳥は、大場さんたちがドライ・フードのペミカンをあげると、小さなクチバシでそれをついばんで、
パクッと食べたのだという。
地球からの贈り物
風もなく、朗(ほが)らかな陽気の土曜日、ジャッキーの船で、セーリングに行った。
ジャッキーは3隻の船をもっていて、夏、旅行者が訪れるときは大忙しだけれど、まだシーズン前のナルサスアックでは、
そんなことはなく、毎日のんびり船の整備をしたり、ビアギッテは縫い物をしたり、ゆったりと暮らしている。
それでも、天気のいい日は、ピクニックのような感じでセーリングや買い物にでかけていく。
ジャッキーの船、SAPANGAQ(サパナッ=真珠)号。 さぁ、セーリングに出発!
ナルサスアックの港を出発して、フィヨルドを氷河の河口に向かって進んだ。
日差しは強く、じっとしていればコートがいらないくらいなのに、海にでて風を受けると、体感温度はぐっとさがる。
フィヨルドを突き進む。
ブルブルブルッという船のモーターの音が、いいリズムを刻みながら、静かな海を進み、
カモメは気持ちよさそうに、船の上を通り過ぎていく。
気持ちよさそうに空を飛ぶカモメ。
15分ほどたって、小さな村に立ち寄ると、一緒に乗っていた一人の女性が降りていった。
そこはQassiarsuk(カシヤス)という、人口50人ほどの小さな村で、
バイキングが入植した時代(西暦1000年頃)の石造りの教会跡と当時の住居が残っていて、
夏になると一面の牧草地に黄色い花々が地をはうように咲き乱れ、乗馬やトレッキングには、もってこいになるという。
船からは、羊たちがごろごろ寝ころんでいる姿が見えた。
カシヤスを過ぎ、ぐんぐん進んでいくと、大小様々な氷とすれ違いはじめた。
だんだん氷河に近づくごとに、数を増していく。
形も様々で、中には動物の形のようにみえるものもある。
ときたま、美しい半透明のブルーアイスに出会う。
ブルーアイスは、氷結時に、強い圧力がかかったため、密度が凝縮し、濃いブルーになるのだそうだ。
途中で通り過ぎた大きな氷たち。
間近でみる氷河は、ダイナミックで、圧倒的な迫力で、存在していた。
だんだん氷河に近づいていく。
間近でみる氷河。圧倒的な迫力だった。
氷河の河口にいても、船が動いていなければ、寒くはない。ビアギッテは、着ていたアザラシの皮のジャケットを脱いで、
気持ちよさそうに日光浴をしている。泳がないの?と、からかうと、水着を忘れたみたい、と笑った。
グリーンランドの海は冷たすぎるので、当然ながら、海水浴という習慣はない。だから、ほとんどの人が泳げないそうだ。
ちょっと前に、ヌークにスイミング・プールができ、はじめて運動としての水泳を楽しむようになったらしい。
サパナッ号(私たちが乗っていた船)は、ビアギッテが長い足を伸ばしたら氷に触れることができたほど、氷河の間際まで近づいた。
ジャッキーが網(あみ)を持ってきて、小さな氷を海からをすくいあげた。取れたての氷床からの氷で、マティーニを飲んだ。
取れたての氷は、空気がはじけて、ピチピチ音をたてていた。
「いきのいい、フレッシュ・アイスね!」というと、ジャッキーは「新しいけど古いんだ」と言った。
足を伸ばして氷に触れようとしているビアギッテ。
ジャッキーが網で氷をすくい上げた。
氷河の氷で味わうマティーニ。 ピチピチ空気のはじける音がする。
グリーンランドの氷床(ice cap)は、その厚さ3,000メートル。氷の体積は、400万立方キロメートル。
地球上の一人一人につき10億リットルの水が割り当てられるほどの量がある。もし、グリーンランドの氷が全部溶けたら、
地球の海面の水位は6から7メートル上がるといわれている。
毎年雪が降ると、その積雪のプレッシャーが、厚さ3,000メートルの氷床に、圧力をかける。
すると、氷床の端の方から、氷床の一部が氷塊となって海に流れ落ちる。その氷塊の河を、氷河と呼ぶ。
だから、海に浮いている氷は、はるかはるか昔、あるものは5,000年前、
あるものは20,000年前に降った雪が凍り固まったものなのだという。
氷河ができるしくみ。図に描いて説明してもらった。
手のひらのコップの中の氷をカラカラと回しながら、数千メートル、数万年前という氷の物語を聞き、
氷がここにやってくるまでの壮大な道のりに思いをはせると、なんだか途方もない気分になってくる。
はるか氷床からやってきた氷は、太陽の下で飲むと一段とおいしく、五臓六腑(ごぞうろっぷ)にしみわたっていった。
|