科学の授業
ホテル・カーナークに、アメリカのオレゴン大学から二人の科学者がやってきた。
最北の海(Nares海峡の辺)に、どのくらいの氷、
水(flesh water)が氷床からやってきているのかを調査するプロジェクトの現地調査で、
カーナークの人々に直接話を聞いたり、コミュニケーションを取っておくということが、
今回の滞在の目的とのことだった。
でも、飛行機の飛来がないはずなのに、どうやって来たの?と聞いたら、
THULE AIR BASEからヘリコプターで来たということだった。
アメリカ人の彼らは、特別待遇で、アメリカからグリーンランドまでの直行便で来ることができるというわけだ。
スコット(27才、修士課程)と、マーク(30才、修士課程)が、
カーナークの学校に行き、英語の授業で研究の話をするというので、
「カメラマンをやってあげる!」といって、一緒についていった。
英語でプロジェクトの説明をするスコット(右)と、マーク(左)。
海の氷の仕組みをポスターで説明するスコット。 この日のクラスの人数は13人。
彼らの実験の話は興味深かった。6メートルもある巨大な装置を海に沈め、それによって海流の早さ、
水位、水温、塩分濃度を測るのだという。また、1つに24本のボトルの入った観測機材を使って、
異なった深度の海水の採取も行っている。来年の春に機材のバッテリーの交換をかねて3ヶ月の調査を行い、
2007年に観測機材をすべて回収するという長期間にわたるプロジェクトだ。
これは地球温暖化の調査にも関わっていて、水(flesh water)の量の変化で、
どの程度氷が溶けてきているのかを測れるそうだ。
2003年に行われた観測機材の投入時の写真。 黄色い丸いボールがついたものを海に沈める。一つの大きさは6メートル。
24本のボトル(海水を採取する)の入った機材を、 まさにクレーンで海中に沈めるところ。
また、ダイバーが潜って採集してきた163コの貝の年輪を見ると、
その年年の海の状態がわかるのだという。貝は40才くらいまで生きるので、
長生きの貝を見つければ40年間の海の歴史を教えてもらえるということだ。
ダイバーが潜って取ってきた貝。 年輪のようになった模様で、その年の海の状態が分かる。
スコットは、ポスターで海の氷のサイクルを説明したり、海や氷に関わる言葉を、クラスの子供達にたずねた。
sermeq (glacier:氷河)
sermersuaq (ice cap:氷床)
natsinnaq (iceberg:氷山)
iluliaq (iceberg:氷山)
abut (snow:雪)
puttaq (pancake ice:薄い氷)
imaqsikua (sea ice:海にはる氷)
授業中。
このクラスは9年生(日本で言うと中学3年生)で、年齢を聞くと14、15才だった。
授業の間はおとなしかったけれど、授業が終わるととたんに元気になった。
それにしても、どこへ行っても子供達には日本語は大人気で、
この日も、私はみんなの名前を日本語で書くのに大忙しだった。
黒板では、英語と、グリーンランド語と、日本語が混じり合う。
このクラスのほぼ全員が携帯電話を持っていて、カメラつきを持っている子は写真をパシャパシャ撮ったり、
録音機能を使って、日本語を吹き込んでと頼まれた。
「ありがとう」「こんにちは」「愛しています」とか、頼まれた内容を日本語で録音した。
15才。終わったあと、真ん中にいるナヤは、 授業後、グリーンランド語をいろいろ教えてくれた。 みんな、携帯電話を持っていた。
廊下から、のぞきにきた他の学年の子供達。
新しい学校計画
今、カーナークの学校は新校舎を建設中だ。全国で、学校改革プロジェクトのようなものがあって、その一環らしい。
校長先生のアクセルに、新しい学校計画について、話を聞くことができた。
校舎は来年の1月に完成予定で、その夏から利用できるようになるということだ。
子供達も、教師も、新しい学校ができるのを、ワクワクしながら待っているのだという。
新しい学校。みんなの希望が詰まっている。
この「AVANERSUUP ATUARFIA」(北にある学校という意味)には、現在175名の子供達が通っている。
その中で10人は周辺の村から来ており、寄宿舎で生活している。
村にも学校はあるが、15才の最終学年(10年生)になると、
教育設備の整った町の学校に1年通うような仕組みになっているらしい。
新しい寄宿舎。
そういう子供達のための寄宿舎も、新しいものが建設中だった。
カーナークの海と町が一望できる高台に立つ、まだ建設中の寄宿舎を覗かせてもらった。
二人部屋が約10部屋ほどあり、それぞれにバス・トイレがついていて、実に快適そうだった。
家族や住み慣れた村から離れた子供達が安心して暮らせるような配慮が、随所に施されているように感じた。
グリーンランドの教育事情
グリーンランドの義務教育は15才までで、それ以降の進路は、各自の自由となる。
高校は、全国に3校。その他には、教員養成学校、看護婦の学校、機械・溶接・電気等の技術を学ぶ学校、
ジャーナリストになるための学校、美術学校などがヌーク、シシミュートなどの大きな町にある。
大学はヌークに一つあり、現在改革の最中で、何年か先には、今あるいくつかの教育機関を統合しつつ、
大きな新しいキャンパスを作ることが決まっているという。
新しい学校での取り組みを語るアクセル。 知事のナイマンギッチョクはハンティングに出かけていて留守だったので、 副知事でもあるアクセルは両方の仕事で忙しい様子だった。
しかしヌークの大学の学部は限られている(例えば医学部はない)こともあり、
もし高等教育を望むなら、デンマーク、ヨーロッパ、カナダ等の大学に行くことになる。
そのためには必ずデンマーク語、英語に堪能でなければならないという条件が必要になってくる。
カーナークの校長アクセルの15才になる娘さんは、今デンマークで語学学校に通っているところだという。
カーナーク出身者は、デンマーク語だけでなく、
グリーンランドの標準語(西グリーンランド語)との差違の問題もあるので、事情はさらに複雑になってくる。
アクセルによると、カーナークは最北という地理的条件、そして言語の特殊性などの要因で、
首都ヌークに比べると、約10年は教育基盤が遅れているそうだ。さらに、狩猟文化の地域であるここでは、
20年後、30年後の将来のことを考える習慣がまだ浸透していないのだという。
狩猟民イヌフイットにとっては、20年、30年後の計画をすることは、
意味がないことだったからだ(明日の天気も知れないのだから)。
カーナークの教育環境を豊かにして、ここから高等教育に進む者をだし、
彼らにカーナークに帰ってきてもらい、町に貢献してもらいたいというのがアクセルの希望だ。
しかし、そうやって町を出た者が、Uターンしてくる割合は極めて少ないようだ。
彼らにとってやりがいのある仕事と収入がカーナークにはほとんどないからだ。
それでも、デンマーク人ではなくて、教育を受けたグリーンランド人が各町の役場や、
企業、そして教師、校長等の仕事に就く割合は、全国的に、以前に比べてかなり大きくなっていると聞いた。
地域の特性と伝統文化を生かした教育方法を探っていきたいというアクセル校長に、ぜひ期待したいものだ。
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