いざ、魚釣りへ
カーナークに来て初めて、気持ちのいい空が広がった。
まだ太陽が燦々(さんさん)と輝く夕方、氷った海岸線にカヤックを探しに出かけた。
イッカク漁がスタートしていたから、犬ぞりにカヤックを積んで、ハンティングに出かける人に会えればいいなと思っていたのだ。
氷の縁までは犬ぞりで行き、イッカクが来るのを待って、
カヤックを海にだすのだそうだ(海が開いた後は、モーターボートで沖まで行く)。
そして「ハプーン」という銛(もり)を投げて、イッカクを仕留めるのだという。
カヤックと銛を使っての鯨漁(げいりょう)は、もはや世界でこの地域にしか残っていないそうだ。
カーナークのソリ。これは冬用。 イッカク漁に行くときは、このようにカヤックと、オールと、銛を乗せていく。
海岸をブラブラしていると、珍しく英語で話しかけてきた人がいた。
カーナークに着いた日に空港で出会った警察服姿の人だった。
ハンスという名前で、もとは船員だっという話、日本にも行ったことがあり、
人が多いのには驚いたけれどすごく親切にしてもらったこと、
カーナークでの暮らしなど、ハンスはタバコを吸いつつビールを飲みながら、いろんな話をしてくれた。
ハンス。カーナーク出身。 ビールを楽しみつつ、おしゃべりにつき合ってくれた。
そこに、ハンスの親戚のキーチャンとその家族、友達がやってきた。
キーチャンは私が写真に撮っていたソリとカヤックの持ち主だった。
これから、みんなで犬ぞりで魚釣りに出かけるところだという。
私が興味を示したのに気がついたのか、ハンスが「いっしょに行ったら?」と言った。
まだ4時過ぎで、定時交信(夜の8時過ぎ)まで時間があったので、思い切って一緒に行くことにした。
軽装しかもっていなかったので(カーナークに来るとき、私の預けた荷物は手違いでイルリサットから届かなかった)、
あたたかい服と、アザラシの皮の手袋をその場で貸り、飛び入り参加となった。
キーチャンと奥さんのマーター。犬ぞりの運転中。 とても仲の良い夫婦。マーターの方が5才年上の姉さん女房だった。
10分くらいの短いドライブだったけれど、かなりの速いスピードで走った。最北の犬ぞりは、
ソリの大きさも、ドライブのときのかけ声も、他の地域とは違っていた。
ソリの長さは5メートル近くあり、かなり大きい。これは夏用のソリで、氷の裂け目を渡れるように長く作ってある。
それに比べて冬用のソリは3メートルほどで、雪のデコボコを滑りやすいように小さめに作ってあるそうだ。
氷の状態、雪の状態によって使い分けるというわけだ。
犬ぞりをドライブするときのかけ声も、まるで違っていた。「左へ」は「ハゴハゴハゴハゴ」、
「右へ」は「アッチョアッチョアッチョアッチョ」。「進め」は「フッフワ、フッフワ、フッフワ、フッフワ」、
「止まれ」は「アイー」(これは西グリーンランドと同じ)。
走りつつ、用を足す。見とれるほど見事な瞬間芸。
釣り場には、先に来ていた人たちが、すでに糸を垂らして釣り始めていた。
魚も何匹か氷の上に上がっている。氷の薄くなっているラインに丸い穴を開け、
その脇に立って、糸巻きを斜め方向に上下させながら、ルアーに魚が引っかかるのを待つ。
垂らした糸の長さは10メートル以上はある。
釣り場で一列に連なって、エカルガを釣る。
3台の犬ぞりでやってきたので、釣りをしたり、ソリに腰掛けて、あたたかいお茶を飲んだり、
甘いものや、生肉(半冷凍)を食べたり、ピクニックのような和やかな雰囲気だった。
エーリングワが、袋から取り出したものには、一瞬目を疑った。毛のついた動物の足がそのまま出てきた。
レイン・ディアーの足だった。レイン・ディアーの肉は、羊とはまた違う独特の風味がある。
料理の食材として使うなら、ハーブとよく合い、ハムにしてもステーキにしてもおいしいが、
足の部分はさすがに筋が多く淡泊な味だった。
レイン・ディアーの足の肉を味わうエーリングワ。
釣っていた魚は、グリーンランド語で「エカルガ(Eqalugaq)」という名前で、
人間も食べるし、犬のエサにもなる魚だ。みんなで並んで糸を垂らしていた釣りは、
晴れた天気を楽しみながらの、スポーツ感覚で楽しむ釣りのようだった。
ニルスアッカルとラスムス。二人とも、とても上手。 この日の一番の大物はニルスアッカルが釣り上げた。
キーチャンが、「ついてきて、良いものが見られるから」といったので、
あとに従った(この日の魚釣りはすべてグリーンランド語だったので、言葉の意味はすべて私の推察)。
そして、腕を組んで歩こうよ、という仕草をした。
キーチャンと私が腕を組むと、みんながいっせいに「アーイー」といって盛り上がった。
キーチャンの奥さんのマーターも、一緒に「アーイー」と言っていた。
こういう冗談、洒落を楽しむ大らかさに、グリーンランドでは度々出会った。
エーリングワと。打ち解けるととても気さくなカーナークのハンター。
釣り方いろいろ
300メートルほど歩いていくと、たった一人で釣りをしている人がいた。
ハンターのプッタだった。小さな要塞のように、いろんなハンティングの道具がおいてあった。
プッタが釣っているのはオヒョウだった。オヒョウは、商品としても成り立つし、
人々が季節の味として喜んで食べる魚だ。プッタが、氷の穴から、糸を引っぱりだしている、
随分長く垂らした糸で、100メートルくらいはあったと思う。
ようやく糸の先が現れたと思ったら、エサを食いちぎられていて、
オヒョウは引っかかっていなかった。オヒョウを釣るときは、ぶつ切りにしたエカルガを餌にしていた。
プッタの釣り場。小さな竿を雪に刺し、オヒョウを釣る。
「残念!」といいながら、でもちゃんと他の収穫があったんだよ、
という風に、袋からまっ白い鳥をとりだして見せてくれた。
目の覚めるような羽根をもった鳥だった。空を飛んでいる姿は、
カーナークにきてから何度か目にしていたけれど、近くで見るのは初めてだった。
グリーンランド語では、「ナーヤッ(Naajaq)」という名前だという。
プッタと今日の収穫の「ナーヤッ(Naajaq)」。
ミキソ!
みんなのところに戻ってみると、たくさんのエカルガが釣り上げられていた。
誰かが大きいのを釣ると、みんなで「アーイー」と言う。
私も挑戦してみたら、数分で引っかかった。糸を引っぱった先には、
ちゃんと一匹のエカルガが釣られていた。みんながまた「アーイー」と声をあげた。
そして、「アッシリ、アッシリ(写真、写真)」といって、記念の証拠写真を撮ってくれた。
私が誇らしげに「やったー」とエカルガを掲げると、3才のマリックが、「ミキソ!(小さい)」と言った。
ニルスアッカルと、大きなエカルガ。
私と、小さなエカルガ。
3才のマリックと、10才のラスムス。「鬼ごっこ」が大好き。
釣った魚は雪の上に、放っておき、最後に集めて持ち帰る。
3時間ほど、釣りを楽しみ、美しい初夏の天気を楽しみ、8時頃には町に戻った。
夕食前の、気持ちのいい数時間だった。
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