2004年6月1日

いざ、魚釣りへ

カーナークに来て初めて、気持ちのいい空が広がった。 まだ太陽が燦々(さんさん)と輝く夕方、氷った海岸線にカヤックを探しに出かけた。 イッカク漁がスタートしていたから、犬ぞりにカヤックを積んで、ハンティングに出かける人に会えればいいなと思っていたのだ。 氷の縁までは犬ぞりで行き、イッカクが来るのを待って、 カヤックを海にだすのだそうだ(海が開いた後は、モーターボートで沖まで行く)。 そして「ハプーン」という銛(もり)を投げて、イッカクを仕留めるのだという。 カヤックと銛を使っての鯨漁(げいりょう)は、もはや世界でこの地域にしか残っていないそうだ。


カーナークのソリ。これは冬用。
イッカク漁に行くときは、このようにカヤックと、オールと、銛を乗せていく。

海岸をブラブラしていると、珍しく英語で話しかけてきた人がいた。 カーナークに着いた日に空港で出会った警察服姿の人だった。 ハンスという名前で、もとは船員だっという話、日本にも行ったことがあり、 人が多いのには驚いたけれどすごく親切にしてもらったこと、 カーナークでの暮らしなど、ハンスはタバコを吸いつつビールを飲みながら、いろんな話をしてくれた。


ハンス。カーナーク出身。
ビールを楽しみつつ、おしゃべりにつき合ってくれた。

そこに、ハンスの親戚のキーチャンとその家族、友達がやってきた。 キーチャンは私が写真に撮っていたソリとカヤックの持ち主だった。 これから、みんなで犬ぞりで魚釣りに出かけるところだという。 私が興味を示したのに気がついたのか、ハンスが「いっしょに行ったら?」と言った。 まだ4時過ぎで、定時交信(夜の8時過ぎ)まで時間があったので、思い切って一緒に行くことにした。 軽装しかもっていなかったので(カーナークに来るとき、私の預けた荷物は手違いでイルリサットから届かなかった)、 あたたかい服と、アザラシの皮の手袋をその場で貸り、飛び入り参加となった。


キーチャンと奥さんのマーター。犬ぞりの運転中。
とても仲の良い夫婦。マーターの方が5才年上の姉さん女房だった。

10分くらいの短いドライブだったけれど、かなりの速いスピードで走った。最北の犬ぞりは、 ソリの大きさも、ドライブのときのかけ声も、他の地域とは違っていた。 ソリの長さは5メートル近くあり、かなり大きい。これは夏用のソリで、氷の裂け目を渡れるように長く作ってある。 それに比べて冬用のソリは3メートルほどで、雪のデコボコを滑りやすいように小さめに作ってあるそうだ。 氷の状態、雪の状態によって使い分けるというわけだ。

犬ぞりをドライブするときのかけ声も、まるで違っていた。「左へ」は「ハゴハゴハゴハゴ」、 「右へ」は「アッチョアッチョアッチョアッチョ」。「進め」は「フッフワ、フッフワ、フッフワ、フッフワ」、 「止まれ」は「アイー」(これは西グリーンランドと同じ)。


走りつつ、用を足す。見とれるほど見事な瞬間芸。

釣り場には、先に来ていた人たちが、すでに糸を垂らして釣り始めていた。 魚も何匹か氷の上に上がっている。氷の薄くなっているラインに丸い穴を開け、 その脇に立って、糸巻きを斜め方向に上下させながら、ルアーに魚が引っかかるのを待つ。 垂らした糸の長さは10メートル以上はある。


釣り場で一列に連なって、エカルガを釣る。

3台の犬ぞりでやってきたので、釣りをしたり、ソリに腰掛けて、あたたかいお茶を飲んだり、 甘いものや、生肉(半冷凍)を食べたり、ピクニックのような和やかな雰囲気だった。 エーリングワが、袋から取り出したものには、一瞬目を疑った。毛のついた動物の足がそのまま出てきた。 レイン・ディアーの足だった。レイン・ディアーの肉は、羊とはまた違う独特の風味がある。 料理の食材として使うなら、ハーブとよく合い、ハムにしてもステーキにしてもおいしいが、 足の部分はさすがに筋が多く淡泊な味だった。


レイン・ディアーの足の肉を味わうエーリングワ。

釣っていた魚は、グリーンランド語で「エカルガ(Eqalugaq)」という名前で、 人間も食べるし、犬のエサにもなる魚だ。みんなで並んで糸を垂らしていた釣りは、 晴れた天気を楽しみながらの、スポーツ感覚で楽しむ釣りのようだった。


ニルスアッカルとラスムス。二人とも、とても上手。
この日の一番の大物はニルスアッカルが釣り上げた。

キーチャンが、「ついてきて、良いものが見られるから」といったので、 あとに従った(この日の魚釣りはすべてグリーンランド語だったので、言葉の意味はすべて私の推察)。 そして、腕を組んで歩こうよ、という仕草をした。 キーチャンと私が腕を組むと、みんながいっせいに「アーイー」といって盛り上がった。 キーチャンの奥さんのマーターも、一緒に「アーイー」と言っていた。 こういう冗談、洒落を楽しむ大らかさに、グリーンランドでは度々出会った。


エーリングワと。打ち解けるととても気さくなカーナークのハンター。


釣り方いろいろ

300メートルほど歩いていくと、たった一人で釣りをしている人がいた。 ハンターのプッタだった。小さな要塞のように、いろんなハンティングの道具がおいてあった。 プッタが釣っているのはオヒョウだった。オヒョウは、商品としても成り立つし、 人々が季節の味として喜んで食べる魚だ。プッタが、氷の穴から、糸を引っぱりだしている、 随分長く垂らした糸で、100メートルくらいはあったと思う。 ようやく糸の先が現れたと思ったら、エサを食いちぎられていて、 オヒョウは引っかかっていなかった。オヒョウを釣るときは、ぶつ切りにしたエカルガを餌にしていた。


プッタの釣り場。小さな竿を雪に刺し、オヒョウを釣る。

「残念!」といいながら、でもちゃんと他の収穫があったんだよ、 という風に、袋からまっ白い鳥をとりだして見せてくれた。 目の覚めるような羽根をもった鳥だった。空を飛んでいる姿は、 カーナークにきてから何度か目にしていたけれど、近くで見るのは初めてだった。 グリーンランド語では、「ナーヤッ(Naajaq)」という名前だという。


プッタと今日の収穫の「ナーヤッ(Naajaq)」。


ミキソ!

みんなのところに戻ってみると、たくさんのエカルガが釣り上げられていた。 誰かが大きいのを釣ると、みんなで「アーイー」と言う。 私も挑戦してみたら、数分で引っかかった。糸を引っぱった先には、 ちゃんと一匹のエカルガが釣られていた。みんながまた「アーイー」と声をあげた。 そして、「アッシリ、アッシリ(写真、写真)」といって、記念の証拠写真を撮ってくれた。 私が誇らしげに「やったー」とエカルガを掲げると、3才のマリックが、「ミキソ!(小さい)」と言った。


ニルスアッカルと、大きなエカルガ。


私と、小さなエカルガ。


3才のマリックと、10才のラスムス。「鬼ごっこ」が大好き。


釣った魚は雪の上に、放っておき、最後に集めて持ち帰る。

3時間ほど、釣りを楽しみ、美しい初夏の天気を楽しみ、8時頃には町に戻った。 夕食前の、気持ちのいい数時間だった。

    


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