2004年5月25日

イルリサットへ

初めてウマナックに到着した3週間前は、海には氷がはり、吐く息は白く、 頭皮にまで空気の冷たさがヒンヤリ伝わって来るほどだったのに、 今はもう犬ぞりのかわりに、ボートが海に浮かんでいる。 季節は冬から夏へと、いっきに移り変わったようだ。

氷床の大場さんと長谷さんは、もうすでに北緯80度近くまで進んでいる。 ピックアップのためにカーナークに移動するには、一度イルリサットに南下して、 大きな飛行機に乗り換える必要があった。とうとう、3週間を過ごしたウマナック地方を離れ、 イルリサットに移動した。

イルリサットは、グリーンランド西岸の、ディスコ湾に位置する大きな町で、 人口約4300人が住むグリーンランド第3の町(ヌーク、シシミュートに次ぐ)。 もう暖かいので、服装は軽やかになり、洋服も、ヘアスタイルもおしゃれな人たちとよくすれ違う。 Tシャツで歩いている人もいるほどなのに、海には大小たくさんの氷山が浮かんでいるというのは、 なんとも、不思議な取り合わせだ。


大小さまざまな氷山が点在しているディスコ湾。
イルリサットはこの湾岸にある。

「Ilulissat」とは、グリーンランド語で、氷山(複数形)という意味で、 アイス・フィヨルドの奥には、一日に2000万トンの氷を海に放つ氷河がある。 2000万トンを水にすると、ニューヨークが一年に消費するのと同じだというから、途方もない量だ。


4300人の暮らすイルリサット。集合住宅もたくさんある。

ここ数年の温暖な気候で、この氷河も後退していそうだ。 しかも気温が高いと、大きな氷山ではなく、小さな氷山がゴロゴロ海に浮かぶ。 それらはボートの航行を邪魔する、やっかいな存在なのだという。 冬は氷がないのが問題で(犬ぞりができず)、夏は氷がありすぎるのが問題というわけで、 イルリサットの人たちは、年中、氷のことが頭から離れないようだ。


Ono Fleishcer (オーノ・フライシャー)

グリーンランドでは、誰もが有名人といってもいいくらいだけれど、 その中でもオーノ・フライシャーは、グリーンランド中で、かなり名前の知れわたった人だ。 グリーンランドからアラスカまで犬ぞりの旅をし、 その後3年前にもカナダ北極圏のイヌイットの村々を犬ぞりで訪ね、 現地の学校を訪ね、子供たちに話をしたりしている。 北極圏のイヌイットは皆同じ民族であること、 大地と自然に根ざした自分たちの文化を大切にしたいことに、 強い意識を持った人だと聞いていた。


オーノ・フライシャー。
-30℃という寒さの中では、レイン・ディアーの毛皮が欠かせないそうだ。

イルリサットでは、なんとそのオーノの家に滞在させてもらうことになった。 ヌークで出会ったリーシィは彼と親しいので、紹介してくれたのだ。 オーノはガールフレンドのカーロと一緒に、青い壁の、広いリビングのある、 気持ちのいい家に住んでいる。海が開けたこの時期は、 乗客を運ぶ大型ボートのキャプテンでもある。 夕食時に帰ってきたオーノは、日焼けして真っ黒になった顔と、 厚い胸板の、いかにも太陽と空の似合う、たくましい人だった。

オーノは、ディスコ湾にあるアシーアト(Aasiaat)で生まれ、 イルリサットの南にあるイリマナック(Ilimanaq)という小さな村で育った。 7才のときに、4匹の子犬を自分の犬として育て、犬ぞりを始めた。 クヌド・ラスムセンの子孫でもあるオーノは、小さい頃から彼に憧れ、 クヌド・ラスムセンの旅した北極圏のイヌイットの住む地域を、 自分もいつか訪れてみたいと思っていたという。クヌド・ラスムセンは、 1921年から1924年にかけて、イヌイットの住む北極圏全域を犬ぞりで旅し、 そこに共通の言語や文化が存在することを証明した人で、グリーンランドでは英雄として、 今でもとても人気がある。


イルリサットのクヌド・ラスムセンの生家は、博物館になっている。
展示されていた、彼の旅を描いた絵画。

オーノによると、クヌド・ラスムセンの旅以前は、世界の中心はヨーロッパで、 グリーンランドのイヌイットの文化は、 それよりも劣っているという概念(がいねん)しかなかったが、 クヌド・ラスムセンはそれをひっくり返してくれたそうだ。 イヌイットにとって世界の中心はArctic(北極)で、 その周囲に豊かなイヌイット文化圏が存在することを、彼は発見してくれた。 これは、グリーンランドの、 特に若者たちにとって「self-esteem(自己の尊厳)」を高めるという意味において、 大きな影響を与えることになったという。

オーノの犬ぞりでの旅はまず、1975年のイルリサットからカーナークで始まった。 そして、1992年に、カーナークからアラスカまでの約5000キロを半年かけて旅した。 その後も、1998年、2000年、2001年には、カナダのハドソン湾、 北ケベックの方面にも足を伸ばしている。


オーノの旅したルート。1975年、1992年、1998年の地図。
その後も2000年と2001年にもカナダ方面に出かけている。

オーノが犬ぞりで村々を訪れ、 自分はグリーンランドからやってきたイヌック(inuk:イヌイットの単数形)だと言ってもなかなか信じてもらえなかったそうだ。 オーノの風貌はイヌイットだけれど、日焼けしたイタリア系のように見えないこともないので、 裕福なアメリカ人が飛行機をチャーターして、遊びにきたと思われたこともあるそうだ。 カナダやアラスカに住むイヌイットは、グリーンランドにイヌイットがいることを知らない人も多く、 グリーンランドは、ヨーロッパ人のみが住む国だと思われている場合もあるらしい。


オーノの犬ぞりチームは、時速15キロから17キロで進むという。

オーノがグリーンランドから、はるばる犬ぞりでやって来た、 同じ文化を持つイヌイットだと信じてもらえるまで、たいてい2日はかかったそうだ。 その間に、共に語り合い、同じものを食べ、村中の人たちは集会所に集まり、 ときにはその地方のドラムダンスや歌を披露してくれる中で、 お互いにうち解けあっていくことが出来たそうだ。 オーノにとって大切なのは、犬ぞりの旅の記録ををつくることではなくて、 小さな村々の学校で、イヌイットの子供たちに、北極圏に広がる豊かなイヌイットの精神、 誇り、伝統文化を伝えることだという。

それはまるで、子供たちの心に、イヌイット精神の種を植えてまわるようなものだ。 北極圏という厳しい自然環境の中で、そこで獲れる生き物の恵みに敬意を払い、 自然と調和して生きてきたイヌイット。イヌイットは、他国を侵略したこともなければ、 外から訪れる人を、「敵」と見なしたこともないという(その逆はあった)。 異文化を喜び、楽しみ、受け入れるイヌイットの精神は、今の世界に一番必要な、 ぬくもりのように思えてならない。

    


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