シロクマを描くアーティスト　BUUTI（ブーティ）

3月、まだ日本で準備をしているときに、タシーラクの佐紀子さんからポストカードが届いた。 2頭のシロクマが輪を描くようにダンスしている、その優しいタッチの絵を、 私は一目で気に入ってしまった。佐紀子さんが「近所に住んでいる画家だから、 タシーラクに来たら紹介するわ」と言ってくれていたので、 会うのをとても心待ちにしていたのが、画家のブーティだった。

ブーティのシロクマの絵。

シロクマは大好きなモチーフだという。

朝、アトリエを訪ねると、ペンキの付いたスモッグを着た、とても素敵な女性が出迎えてくれた。 その笑顔の、なんと優しく、穏やかなことか。たまたま一緒についてきたヒデオも、 彼女のパーソナリティと、描かれたシロクマの絵の世界に、こんな小さな村に、 宝物が隠れていたんだねと、とても心打たれた様子だった。

穏やかな笑顔。素敵な人だった。

南グリーンランドのカコット生まれのブーティは、７年前からタシーラクに住んでいる。 1600人の人々が暮らすこの村の静けさと自然が、ブーティの作品の優しさと深く結びついているようだ。 ものごころついた頃から絵を描くのが好きで、 鉛筆で色んな絵を描いていたのが今に結びついたのだという。 彼女の、真ん中には赤いハートの描かれたシロクマの絵は、グリーンランドの切手にもなっていて、 人気のため欠品したので、増販したいという連絡をつい先週もらったばかりだと言っていた。

ブーティのアトリエと創作中の絵。

日本でブーティの展覧会が開かれたことは、まだない。 ヒデオには、「日本に帰ってからの君の仕事だね！」と言われたけれど、 ほんとにブーティが日本に来て、みずみずしいグリーンランドの現代アートを紹介してくれたら、 どんなに素晴らしいだろう。

グリーンランドで暮らしてみたら

私が、地球縦回りグリーンランド編に参加することが決まったのは去年の12月。 それから準備をすすめた4ヶ月間、佐紀子さんには本当にお世話になった。 時差が12時間（今はサマータイムで11時間）あるから、 ときどき寝ているところを国際電話で起こしてしまったこともあった。 日本では手に入りにくいグリーンランドの現地情報を事前に得られたことは、 とても心強かったし、グリーンランドに来てからも、佐紀子さんの築いた人脈に、 ずいぶん助けられてきた。

電話とEメールだけで知っていた佐紀子さんに、はじめて会ったときは、 てれくさいような、ぎこちないような不思議な感じだった。 面と向かって生身の人と日本語で話すのも久しぶりで、なんだか変な感じだった。 でも会って1時間もすると、子供が外から帰ってきて一日にあった出来事を母親に話すように、 今までのグリーンランドで見たこと聞いたこと驚いたこと面白かったこと、 なにもかもを立板に水のように佐紀子さんに話した。 佐紀子さんは、そう、そうよね、大変だったわね〜、と相づちをうちながら、 ニコニコと聞いてくれていた。

佐紀子さん。春美を抱くお母さんの顔。

佐紀子さんは、グリーンランドに暮らしてみて、人口数百人の村に住んでも、 2千万人の東京に住んでも、毎日の中でできることや、自分の生活の中に主に登場する人の数は、 そんなに変わらないんだな、と気づいたという。小さな村にもたいていあるのが、 日々の生活で必要なものを揃えている1件のお店と、郵便局、教会、小学校（10学年）だ。 佐紀子さんの話を聞いて、自分の家があって、自分を養う仕事があって、元気？と言い合える友達や家族が少しいれば、 それで十分生きていけるのかもしれないな、と思った。

佐紀子さんのご主人のパニッパクは、タシーラクの「役所」にあたるところで、 ハンターに狩猟のアドバイスをする仕事をしている。自らもハンターであるパニッパクは、 ハンターの身になって考えてくれるということで、貴重な人材らしい。仕事が終わった後、 自らも友人たちとアザラシの猟に出かけたりしていた。

パニッパク・ダオラナ。腕のいいハンターでもある。

パニッパクは北部カーナークの出身。この夏にダオラナ一家は、 パニッパクの故郷であるカーナークに帰ることに決めたという。 もしかしたら、私が北に行く6月に、もう一度カーナークで会えるかもしれない。 その頃には、美雪と春美は、今よりほんの少し大きくなっているだろうし、 私も、もしかしたら少しは、イヌイットっぽくなっているかもしれない。

ダオラナ家では、すっかりくつろがせてもらった。
美雪と春美の利発さには、圧倒されっぱなしだった。